瞳矢の演奏をちゃんと応援しに来てくれてる。


だから安心して演奏したらいいよ。



祈るような思いで瞳矢を見つめる。

会場内のブーイングなんて
気にしなくていい。


瞳矢の最後の夢、
……叶えてやってください……。



神様にすがるように何度も何度も
心の中で祈り続ける。



瞳矢が再びピアノの前に座って、
ゆっくりと演奏を始めた時、
ステージに一人の少年が駆け上がっていく。





……真人君?……






彼はステージの上まで一気に駆け上がると、
瞳矢の隣に座り指を包み込む。




再び二人の弟が奏で始めた音色はとても優しくて、
悲しくて切なくて……希望に満ちる調べ。


未来に溢れていた。




先ほどまで、あんなにブーイングが
飛び交っていた会場も今は静まり返ってきて何処かで、
誰かが……すすり泣く……声がきこえる。




ハンカチを目がしらにあてる観客。



涙を流しながらまっすぐに二人を見つめる観客。



二人を包む観客たちの視線は
涙にぬれながら……柔らかかった。



演奏が終わり、シーンと静まり返ったままに
会場内をステージから飛び降りた真人は外へと駆け抜けていく。



僕も慌てて座席を離れて真人を追いかける。






「真人っ!!」





会場前の……横断歩道。


信号で追いかけられない
僕は彼の名前を呼ぶ。



道路越し。

彼は後ろを振り返って僕に一礼すると駆けて
何処かへ姿を消した。






慌てて……愛車へと戻り、
周辺を走りながら探す。





近辺を走りながら見つけられない僕は
恭也小父さんがいる病院へと車を向けていた。





助けられるのは、小父さんしかいない。



このままじゃ、
取り返しがつかなくなる。




車を病院の駐車場に乗り捨てると
慌てて院長室へと走る。




「院長」



ノックをして返事を待つまもなくドアを開く。



「冬生、騒々しいぞ」


落ち着いた声で厳しく返答する声。



「真人君が消えました。


 昨日、真人君……弟の家に来てたんですよ。
 すごく思いつめた顔をして。
 
 家庭教師に行ってた時、もっとしっかりと僕も守ってあげればよかった。

 小父さん、気が付いてましたか?

 真人君、体……傷だらけなんですよ。
 虐待の形跡が感じられるんです。

 昨日、真人君は多久馬の家に帰りましたか?」


僕が吐き出す言葉を受けて、
小父さんは自宅に電話をかける。



二言・三言。

言葉を交わして小父さんは静かに電話を置いた。




「冬生、真人はどっちの方に走っていった?」



確かあの先には駅があったはず。



「駅の方へ……」


小父さんは白衣を脱ぎ捨てて別のところに電話を掛ける。



「冬生、病院の屋上にヘリを二台用意させる。
 君の弟を連れてきなさい。

 真人が出掛けたのは神楽の……
 あれの母親のところだろう。


 私は昭乃と勝矢と話し合いをして
 屋上へ向かう。

 ヘリが来るのは……30分後となる。

 30分後、屋上で」



そう言い残すと、小父さんは慌てて
駆け出していく。


僕も駐車場まで駆け戻って車に乗り込むと、
会場にいる瞳矢の元へと急いだ。


楽屋に飛び込むと、
瞳矢は僕からの連絡を待っていたのか
携帯電話を手にしたまま、体を震わせていた。