「瞳矢、もう放っておけよ。

 アイツなんか居ないほうがいいだろ。

 アイツが来てから瞳矢はピアノが弾けなくなった。
 
 なんだよ、さっきの音は……。
 アイツがお前の精神状態を狂わしたんだろ。

 だから代わりに言ってやったんだ。
 昨日の夕方」




代わりに言った?




「アイツの心を乱すな。

 アイツがピアノを弾けなくなったのもお前のせいだ。
 
 お前とアイツの時間はもう終わった。
 アイツも迷惑してるんだってな。
 言ってやったんだよ。

 あんなボンボン放っておけばいいだろ。

 家族に送迎されてチヤホヤされて喜んでる奴なんか
 放っておけばいいだろ」



ボクと真人の時間は終わった?


終わってない。




あの時間、ボクと真人の時間は
繋がってるんだって確信した。


何も……変わっちゃいなかったんだって……。


なのに……浩樹、そんなこと言ったの?



だから昨日、ボクのところに来なかったんだ。


家の前に居たのに入ってこなかった。


……ううん……。

入ってこなかったんじゃなくて、
入って来れなかったんだね。




「飛島君。

 小母さん、少しお話したいことがあるの……いいかしら?
 瞳矢、話してもいいわね?」

「母さん、ボクが話すよ。
 ボク自身のことだから……」

「そう……」




そう、ボクのことだから。




「浩樹、聞いて。

 ボクの指が動かなくなったのは病気だからなんだよ。
 
 少し前から、ずっと指がおかしかったんだ。
 飛鳥には話したことあったよね。
 指が思うように動かないんだって。
 
 浩樹が義兄さんに相談すればいいって言ってくれたから
 相談して病院に行ったんだ。
 
 調べて貰ったらボクの筋力って段々、
 低下していくしかないんだって。

 そう言う病気なの。
 
 病名はALSって言うんだって。

 ボクは……もうすぐピアノも弾けなくなるし、
 立つことも出来なくなる。

 そう言う病気なんだよ。

 今の医学ではどうすることもできない病気。
 だから……真人の責任じゃないんだよ」



ゆっくり噛み締めるように、
自分自身に言い聞かせるように言葉を紡いでいく。




「お前……何言ってんだよ。

 瞳矢?嘘だろ?
 穂乃香ちゃんは知ってんのかよ」



浩樹の言葉にボクは黙って首を振った。

浩樹は現実を受け止められないと言うかのように、
その場で力なく崩れ落ちた。



そう……これでいい。


ボクはもう十分にピアノと語り合うことが出来たから。
それに真人はボクの願いを聞き届けてくれたから。


後はこの思いを大切な人に届けることが出来たら、
ボクたち二人の間に沈黙が流れる。


義兄さんも、まだ顔をだしてくれない。

今は連絡を待っているしかない。
楽屋のなかで長い時間が過ぎていく。



何時の間にか、
地区大会本選の通過者の発表と授賞式。



名前を呼ばれた浩樹は、地区大会本選での最優秀賞を手にするために
ステージへ向かう。


優秀賞としてコールされたのは、穂乃香。