「瞳矢、何処行ってたんだよ」



楽屋に戻った途端に、ボクに話しかけてくるのは浩樹。



「浩樹、少しだけ兄さんと出かけてた。
 後は……ちょっと探し人かな」


そう言いながら、
ボクは会場内を映し出すモニターの前に視線を向ける。


「瞳矢、何そわそわしてるんだ?」

浩樹の声を聞きながら、何度もモニターを見つめるボクは
「浩樹、真人を見つけたいんだ」っと僅かな望みを込めて呟いた。


「あんな奴、放って置けよ。
 それよりもうすぐおまえの番だろ。

 本番前くらい、穂乃香ちゃんのところにも顔出してやったらどうなんだよ」


すでに演奏を終えた浩樹はボクのところに近づいてきながら、
不機嫌そうに答えた。


「ごめん。
 でも今日は穂乃香より、真人なんだ。

 穂乃香は大丈夫だよ。
 ボクは信じてるから。

 だけど……今日の曲は、真人が居ないと意味がないんだ。
 他の誰でもない、真人が居ないと弾いても仕方ないんだよ」



そう……。

ボクの想いを託したいのも、真人だけだから。


「何言ってんだよ、瞳矢。

 今日は地区大会本選だろ。
 本選の中から、全国に行けるのは一人。

 俺かお前か、穂乃香ちゃんの三人の間の誰かだろ」



そんな浩樹の言葉に、
ボクはチクリと心が痛んだ。


ボクが全国大会に行くなんてことは、
もう有り得ないから。


今のボクには、もう技法を酷使できるだけの力は
残っていない。

そんなボクを見て浩樹はどう思うのかな?




そう思いながら、
ボクは名前を呼ばれるのを待ち続けた。


「審査番号256番、檜野瞳矢。

 本日五人目の演奏になります。
 自作曲は『ピアノ協奏曲:再会~STORY~』」




場内アナウンスが鳴り響くと、
ボクはゆっくりとステージの方へと向かった。




「瞳矢、今日はお互い頑張ろう。
 瞳矢の演奏、楽しみにしてるから」



カラードレスに身を包んだ穂乃香は、
ボクに声をかけると、笑顔でステージへと送り出してくれた。


最後のステージへと向かうボク。



……神様……、今日のこの日を有難うございます。


場内の拍手がボクを満たし、ボクがピアノの前に座ると
たちまちに会場内に静けさが広がる。

お願いスタインウェイ。
ボクに最後の宝石を作らせて……。