翌朝、僕は何時の間にか辿り着いたらしい
通いなれた公園の大きな木の下で目が覚める。


いつ此処に辿り着いたのかも覚えていない。


五月上旬とはいえ、夜はまだ薄着では寒かったらしく
冷え切った体を両腕で摩りながら、ゆっくりと起きあがる。


太陽が姿を現して真っ暗だった世界が、
明るく色づき始めていた。





今日瞳矢の演奏を見届けたら
僕は全てを終わらせよう。

僕の大切なあの場所で。




そんな風に思うと何故か、
今日と言う日がとても愛おしく感じられた。



洋服についた土を払い落として公衆お手洗いに向かって、
冷たい水道水で顔を洗うとそのままポケットの財布を手に、
近所のコンビニでミネラルウォーターだけを購入して持ち歩く。



瞳矢が出場するピアノコンクールのポスターを
街の中をふらふらと歩きながら、目にとめると
僕はその場所へと歩き始めた。



もうすぐ瞳矢の大切なコンクールが始まる。




会場へと向かう最中、
お花屋さんで花束を買い求める。



瞳矢、約束通り
僕は今から向かうよ。

今日が僕の最期だから……。

せめて君の音に包まれたくて。




会場前には受付スタッフらしき存在が
並んで館内にお客さんを招き入れる。


事前入場チケットでもあったのかな?

そんなことを思いながら、場内のスタッフさんに声をかけると
チケットがなくても、会場内へと立ち入ることは可能だった。


そのまま、受付で自分の名前を記入してホールの中へと入っていく。



中央ステージに一台、コンサートブランドピアノが姿を見せている。

すでに観客でいっぱいになった一階の一番後ろ。
壁際に背を預けるようにして、僕は瞳矢の演奏を待ち続けた。



僕はもうこの街を去る。

だから僕がこの場所に来てしまったことは、
誰にも知られない方がいい。


一番後ろの壁に俯いたままもたれて、
ピアノコンクール地区大会本選の音色を聴く。



音色と言っても今の僕にピアノの声は届かない。


ただ鳴っているだけ。


こんなことは自分自身でも初めてだった。
今まで……こんなに音が五月蝿いと感じたことはない。


課題曲と自作曲。


地区大会本選出演者の名前がコールされて、
次々と演奏を続けていく出場者たち。


だけど、そのどれもが僕の心に
響くことはない。



他の人はいい。
今はただ瞳矢のピアノを聴きたいだけ……。



それが約束。
その約束だけが、今の僕を支えてる。



何人の演奏が続いたのだろうか。
僕の耳に聴きなれた音が飛び込む……。