コンクール前日。
その日、ボクは朝から落ち着かなかった。

その数日前、大夢先輩と共に向かった
天李先輩の勤務する西園寺病院。

そこで、今までの瞳矢の検査結果の説明を受けながら、
ALSと言う難病可能性が高いことを告げられた。


その病名を、今後の瞳矢と家族の為に
明日、告知しようと思っていると天李先輩は静かに告げた。


「冬生、お前の弟の病名をALSだと天李は診断した。

 だけどアイツも、この病気を診断するまでに
 いろんな先生に話しを聞きながら、相談して結論付けた。

 お前にはその意味がわかるだろ」


大夢先輩の言葉は重い。


神前悧羅時代から、
伊舎堂裕先輩・高雅大夢先輩、西園寺天李先輩は
後輩である僕たちを絶えず見守りながら、ひっぱり続けてくれた。


だから……何処かで、
僕自身にも甘えがあったのかもしれない。


だけど先輩たちは、僕自身のポジションを
瞳矢の家族としてのポジションだけでなく、
こうして医師免をとった今、研修の身ではあるけれど
一人の医師を目指す存在として、
対等に向き合おうとしてくれていることが感じて取れた。


「大夢先輩、天李先輩。
 弟は……瞳矢はこの後、どうなっていきますか?」


そう問いかけた質問に、
天李先生は揃えていた、ALSに関わる資料の束を
僕の方へと差し出した。



「ここに僕が今日までに調べてきた全ての資料が入ってる。
 冬生も読んでおくといいよ。

 正直、僕もALSの患者を診るのは初めてになる。
 だけど僕の父の患者には、何人かALSを患っている人が居る。

 その人たちと瞳矢君が交流を望むならそんな橋渡しもやろうと思ってる。

 瞳矢君の今の恐怖は多分、僕たちが考えている以上に大きいものだと思うし
 明日、僕が伝えようとしていることは、彼を大きく暗闇の中に突き落とすと思う。

 だけど、この病気だと診断した今、時間に限りが発生する。
 告知しないと言う選択肢は僕の中に存在しない。

 冬生には自宅での瞳矢君のケアを頼んだよ。
 瞳矢君だけじゃなく、冬生の家族全てを。

 家族のケアに関して息づまったり、アドバイスが欲しくなったら
 裕も相談に乗って貰えるように手配した」

「んで、後はお前のことな。
 暫くの間は、冬生の面倒はオレが見てやるよ。
 
 だから何かあったら、何時でも相談して来い。

 多久馬総合病院内での、
 お前のポジションも面倒そうだかやらな」



天李先輩と大夢先輩は、そう言葉を続けた。



卒業した今も、三人の先輩たちは絆を深めて
大きく今も繋がっている。




そんな先輩たちを見ていると僕も国家試験に合格した後、
別の病院で研修しているであろう親友の存在を思い出した。




「有難うございます。
 明日、瞳矢への告知の件宜しくお願いします」


そう言って天李先輩に頭を下げる。


「明日は日勤だけしてとっととあがっていいぞ。
 お前の仕事のフォローはオレがしといてやる。

 明後日は瞳矢のピアノコンクール地区大会本選だったか。

 天李は明日行くんだろ?
 紫音様のリサイタル。理事会のメンバーに宜しくいっといてくれ」


そんな会話を繰り返すと天李先輩は仕事へと戻って行った。



翌日、僕が勤務している中、
瞳矢と天李先輩の約束の時間が訪れる。

時計を気にかけながら溜息をつく僕に、大夢先輩は叱咤しながら、約束通り次から次へと
僕の抱える仕事をフォローし続けて定時になるとすっと帰宅することが許された。



瞳矢のコンクールの明日。
大夢先輩と、恭也小父さんの好意で僕の研修は休み。




家族を支えたい。



そんな強い想いを秘めながら、
落ち着いた心でハンドルを握ることが出来るのは
力強い三人の先輩たちの存在があるから。


そしてもう一人……海外に留学していても、
いつも気にかけてくれる、
もう一人の先輩が見守ってくれているが感じて取れるから。