「はい。
 浩樹君、大変結構です。
 
 来週は自由曲のピアノ協奏曲の仕上げに入りましょう。

 瞳矢君は来週も課題曲を。

 最近、弛んでるわよ。
 来週こそは次の準備にかかれるように万全の体制でいらっしゃい。
 
 いいわね、二人とも。
 コンクールまで、一ヶ月も残されていません。
 もっとももっと力をいれて練習してください。

 じゃあ、瞳矢くん浩樹君はお疲れ様。
 穂乃香ちゃん、レッスンを始めましょうか?」


浩樹と入れ替わりに、ピアノの方へと移動する穂乃香。

穂乃香のピアノの音色を耳にしながら、
ボクは、浩樹と共に先生の自宅を後にした。


「瞳矢、気にすんなよ。
 最近、先生のほうがピリピリしてんだよな。

 母さんから聞いた噂にはなんでも俺らの先生のライバル。

 ピアニストの夕凪静香(ゆうなぎ しずか)の教え子。
 悧羅に通う、惣領国臣(そうりょう くにおみ)が
 この間のロンドンフィルと演奏して最年少で成功をおさめたらしいよ。

 後は、ほらっ……羽村冴香(はむら さえか)。
 羽村冴香の息子、咲夜(しょうや)だったかな。
 
 そこも今回のコンクール出てくるみたい。
 だから余計に、ピリピリしてるんだよ」

「うちの先生って、その人ともライバルなの?」

「らしいよー。
 んで先生の期待の矢が俺と瞳矢に向いたっぽいな。
 それに今回のコンクール久々に大物が来日するしな」

「そうだね。
 今回の審査員は例年にない顔ぶれだよね。
 審査員の名前、皆知ってるもん。
 浩樹も音色、纏まってきたよね。
 聴いてて凄いなって感じたよ」

「そんなことないさ。

 俺なんてまだまだだよ。
 俺は瞳矢みたいにもっと鏡のように心を映し出せたらって思うよ」

ボクと浩樹のレッスンの帰り道は、
いつものように反省会。


「ねぇ、浩樹……。
 最近、ボクの指おかしいんだ」

「おかしいって?」

「なんか……時々、指の力が入らなくて……」

「指に力が入らないって瞳矢気のせいじゃないのか?
 ほらっ、俺らってちょっとしたことでも
 指の動きが鈍いと神経質に感じるだろ。
 それとは違うのかよ」

「う~ん……僕も最初はそれなのかなーって
 思ってたけど、でも違うみたい。

 時々、指が動かなくなる。

 痺れるって言うか自分のものじゃないみたいに
 感じるって言うか」

「気になるならお前、兄貴に診て貰えばいいじゃん。
 国家試験パスして、四月から多久馬総合病院で研修してんだろ。

 俺んちのばあちゃんの病院の付き添いで言ってる、母さんが
 かっこいいってはしゃいでたぞー」

「冬生兄さんはまだ研修が始まったばかりだし、相談なんて出来ないよ」

「って家族だろ。
 そうやって遠慮なんてせずに頼ってやれよ。

 ちゃんと頼ってやることが、
 家族になったんだって相手に思わせてやれることでもあるだろ。

 お前んちの親父さん、まだ海外だろ。
 唯一の大黒柱的、ポジションは兄貴じゃん?」

「……そうだね……。
 浩樹が言う通り、兄さんに相談してみるよ」

「おうよっ。不安材料はコンクール前に取りのぞけよ。
 んでもう一つ情報提供。
 お前んちのクラスに入った、多久馬って居るだろ」