「多久馬、悪いな。
 ちょっと付き合ってくれるか」


僕の顔をみるや早々に話をきりだして、
玄関を後にしていく。


何だろう?


たちまち僕の心には黒い影がおちる。


その人の後ろをついて、ただ歩いていくことしか
出来ない僕。



何処に行くんだろう?


不安が濃霧のように襲ってきて
僕は堪らなくなる。


……息が苦しい……。



「多久馬、おまえ何考えてんだよ」


目の前を歩いていた少年は、
公園の木陰に入るとクルリと後ろを振り向き
僕に告げる。



何のこと?
何のことを言っているの?


「最近、瞳矢の様子がおかしいの知ってんだろ。
 おまえ、アイツの幼馴染なんだろ。
 ならアイツが今どれだけ大変な時か知ってんだろ。
 
 俺とアイツは明日、大事なコンクールの地区大会本選なんだよ。
 全国大会まで勝ち上がって成績を残せば、ピアニストとしてのプロデビューも
 夢じゃない。
 
 ウィーンの音楽院からも審査員が来る。
 俺たちにとっては大切なチャンスなんだ。
 
 俺たちはおまえみたいに、約束された将来なんてない。

 母親に送迎されてのうのうと暮らしてる
 おまえとは違うんだよ。
 
 アイツがピアノ教室を辞めた。

 おまえが来てから、アイツの様子がおかしいんだよ。
 おまえには俺が知らないアイツとの時間があるんだろ。
 
 それと同じように俺とアイツにも、
 おまえが立ち入る隙もない時間があるんだよ。
 
 今のおまえが昔のおまえと違うように、
 今のアイツも昔のアイツとは違うんだ。
 
 迷惑してんだよ。
 
 アイツは優しいから口にしないだけなんだ。
 本当は迷惑してんだよ。
 
 だからアイツの前から消えてくれ。
 アイツの心を乱すな。
 
 おまえとアイツの時間は終わったんだよ。
 おまえはアイツにとって必要ないんだ」



何?
何を言ってるの?


そんなに怒って……君は誰?

誰に言っているの?

悪いのは僕?

そうだね……全部……僕なんだね。


そんなこと君に言われなくてもわかってるよ。

……わかってる……。


僕は必要のない存在。
僕の存在事態が迷惑なら……いいよ、君の傍にも近づかない。

君に迷惑はかけない。


僕は話を最後まで聞くことも出来ないまま、
その場を走り去る。


手洗い場の水を思いっきり出して、
その中に頭を入れて……手を何度も洗って……
その場に崩れ去るようにもたれかかる。



僕が悪い。
そんなことわかってる。
君に言われなくてもわかってる……わかってるんだ。

だったら……僕をコロシテヨ。

必要のない命なら、
もう終わらせていいから。


髪から伝い落ちる雫と共に、
僕の涙が頬を伝う。


水道を止めて……ふらふらと立ち上がると、
僕はまた行宛もないままに街の中を彷徨い始める。


何処に行きたいわけでもない。
誰かと話したいわけでもない。


だけど……誰かを感じていたい。
ただ……それだけ。

矛盾しているのかも知れない。

だけど……僕にも僕の心がわからない……。
ただ……そこにあるのは寂しさ。

孤独感。

どうしようもないほど寂しさが僕を襲う。

けれど誰かと話せるほど僕の心は満たされていない。

道行く人に何度も肩をぶつけながら、
ふらふらと歩き続ける。


目的地も何もない。

何度も倒れそうになって、
何度も怒鳴られて……何度もクラクションを鳴らされる。


その度に生きていることを実感してしまう。


……どうしたらいいんだろう……。



お願い……誰か……助けて。