「もう少しいようか?」
「いいです。
僕は大丈夫だから、瞳矢のところに」
「本当?」
「はい。
明後日、瞳矢コンクールですよね」
「そうだね。
僕も応援に行く予定なんだ。
瞳矢にとってその日は凄く大切な一日になるから、
真人も応援に来て貰えると嬉しい。
真人が来てくれると瞳矢、喜ぶと思うから」
「はい。
今日、学校でも瞳矢に招待されましたから」
「そう。
じゃあ、明日会場で会えるかな?」
「会いたいです。抜け出せればになるけど……」
「僕が迎えに来ようか?」
そう言ってくれた、冬お兄ちゃんの申し出に
僕は黙って首を横に振った。
家庭教師の時間以外に、関わることはさせてくれないと思うから。
そして冬お兄ちゃんの立場も、
僕と関わることで、悪いようにしたくはなかったから。
「今日は有難うございます」
そう言って、部屋から冬お兄ちゃんを送り出した。
冬お兄ちゃんの足音がドンドンと
遠くなっていくのを感じる。
階下では昭乃さんが見送りをしている。
そんな会話が耳に入ると、
僕は全てを拒絶するかのように扉を閉めた。
いつから僕は僕でなくなったの?
……いつから……
今も余韻に残る、痺れたような感覚の体を
引きずって僕はベッドの上に倒れこむ。
気持ちが落ち着かない。
僕の心なのに……僕にはわからない。
何が起こってるの?
何が起こってしまったの?
僕は、これからどうなっていくの?
次々と思い浮かぶのは不安材料ばかり。
*
瞳矢……ごめん。
コンクール、僕は楽しみにしてる。
多分……僕は行けないけど、
僕の心は瞳矢の傍で応援していたいから。
*
そんなことを思いながら、ベッドに体を委ねて目を閉じる。
次の日も、その次の日も何をするわけでもなく、
自分の部屋で過ごし続ける。
瞳矢のコンクールを翌日に控えた、その夜の19時頃。
いつもの様に勉強をしていた僕の元に来客があった。
「お前、降りといで」
昭乃さんの声と共にドアが開かれた。
「お前に、学校のお友達が来てるわ。
友達を自宅に呼ぶなんてどういうつもりなのかしら?
お前は居候よ。
もう少し自分の立場を自覚なさい。
恭也さんを誑かせた汚らわしい女の息子なんて
恥さらし以外の何者でもないわ。
なんで……あんな女の子供を私たちが面倒見ないといけないの?
お前もあの地震で消えてくれれば良かったのよ。
そしたら……私の心を煩わさずにすんだものを。
此処で会われるのは目障りよ。
会うなら外になさい。
遅くならないように。
それと西宮寺先生に褒めて頂いたからって
有頂天になるんじゃありませんよ。
お前を認めた訳じゃなくて、たてまえで仰られただけ。
お前に期待するものなど何処にもいないんだから、
それだけは覚えておきなさい。」
昭乃さんが立ち去ったのを確認して、
僕は外に出掛ける仕度をする。
近くの喫茶店か公園くらいで話が
出来ればいいかな。
そんなことを考えながら、靴を持って
部屋のドアを閉めて玄関へと向かう。
玄関にいるのは……確か……
瞳矢の友達。



