「お前、今日も確か西宮寺先生が家庭教師にくるはずよね。
 本当にずうずうしい。

 お前の母は、婚約者の私がいるのを知りながら
 恭也さんを誑かせて【たぶらかせて】、お前をこっそり生んだ。

 それで都合が悪くなったら、恭也さんを頼って私を苦しめ続けた。
 お前が幸せになれる通りなんて、何処にもないわ。

 それでもお前を迎え入れたのは、お前の立場を明らかにするため。

 いいわね。
 お前がどんなに汚い手で、恭也さんに取りいっても
 この家の跡取りは、私と恭也さんの長男である勝矢さんです。

 これだけは覚えてらっしゃい。
 
 お前は、この家には必要のない子。
 西宮寺先生も親切で貴方の家庭教師をしているわけじゃないんです。
 
 お前の境遇に同情して、恭也さんの機嫌を損ねないように
 貴方の家庭教師を引き受けているだけなんですよ。

 西宮寺先生は、恭也さんの親友のお子さんだから。
 だから勘違いするんじゃなくてよ」


二人の時間になるたびに、
毎日のように聞かされ続ける言葉。


聞きたくない。
悪いのは僕。
いけないのも僕。
図々しいのも僕。


そんな何度も言われなくても……もうわかってる……。

だから、これ以上苦しめないでください。



体が震えはじめる、突然襲い掛かってくる感覚。


もう嫌だ……疲れた……助けて。
このまま行くと、僕は壊れてしまう。



そんな僕自身の心の闇を拭うために
思い浮かべるのは、瞳矢の姿。


今日も瞳矢が僕に話し掛けてくれた。

『真人、
 今日僕の家においでよ』


嬉しい、嬉しいけど辛いよ。

今の僕には行きたくても行ける羽を
持ち合わせていない。


瞳矢にすら僕は僕自身の弱さを見せられないんだ。
そんな自分の心に嫌悪感すら覚える僕自身。




僕はいつまで親友を裏切り続けるんだろう。




瞳矢のピアノコンクール。

僕の身が自由であれば、
何処にだって応援に行くよ。

だけど今の僕には翼がない。

その日はGW。
世の中は大型連休。


休日の僕は、自室から一歩も出ることが許されない。
それだけじゃない。

あの人が居ない時間は、
暴力に怯えながら、身を擦り掘らすように息を潜めて
時間をやり過ごす。

そんな僕が瞳矢のコンクールを見にいけるはずがないことを
僕自身が一番知っている。


ごめんね……瞳矢、僕は行けないけど祈ってるよ。

瞳矢の受賞を祈ってる。
僕が歩むことの出来ない未来を歩む君を応援している。


自宅につくと僕は車を降りて、早々に自分の部屋へと駆け上がる。

玄関に僕の存在を感じさせるものは、一切残さないことを強要されている僕は
縫いだ靴も抱えて二階に与えられた自分の部屋に駆け上がった。

部屋のクローゼットをあけて、所定の位置に学校の靴を置くと
ケースの中から私服を取り出して着替える。

少しずつ暖かくなってきていても、長袖しか着ることが出来ないほど
痣だらけの体。

そんな痣を隠すように慌てて、長袖のシャツを身に着けると
僕はデスクに向かって、家庭教師の先生が遺した問題を解答していく。


夕方、病院での勤務の後に僕を訪ねてきた
瞳矢のお兄さんは、昭乃さんに誘導されて僕の部屋へとあがってきた。