「本当にどうして私が貴方の送迎をしないといけないのかしら?
貴方があることないこと、私と勝矢さんの迷惑を顧みずに勝手なことをするから。

 その自覚はおありですわね。
 目立たず、息を潜めるように生活なさい。

 貴方はあの女の子供。
 それだけで私にとっては顔も見たくないのよ」

「…………」


放課後の車内、運転席でハンドルを握る
戸籍上の養母、多久馬昭乃【たくまあきの】さんは
いつもの様に車内で僕を精神的に追い込んでいく。


重たい空気が立ち込める車内。
息がつまりそうな空間。



四月中旬。
あの日、僕が病院を飛び出して熱を出し倒れ、
瞳矢の家に外泊したあの日から、僕は更に自由がなくなった。

病院帰りに『死に場所』を求めるように
雨の中、徘徊して辿り着いたのは、
僅かな希望と引き換えに今以上に居場所を失う形になった。


世間体を気にする養母による毎日の車での送迎。


親の送迎で通学しているのは、僕くらいなもので
それだけでもクラスから冷やかされる対象となってしまう。




『優しいお母さんだよね』

『綺麗で優しいお母さんで羨ましいよ』

『多久馬君は養子だってきいたけど、
 いい家に引き取られたよね』

『あの病院は、院長先生も昔からゆっくりと話を聞いてくれるから
 うちの家族も信頼してるんだ』

『多久馬なんて放っとけよ。

 お坊ちゃまは、送迎じゃないと登下校できないんですってな。
 ったい、何処のガキだよ。

 多久馬総合病院の息子っていっても、養子だろ。
 勝矢さんが気に入らないって言ってたぜ』




昔から地域住民の為の、医療の要になるようなポジションで
運営されてきたあの人の病院。

だから周囲の人たちは、凄く好意的で
その『多久馬』の一族の関係者となった僕に
友好的に話しかけてくれるクラスメイト達と、
勝矢兄さんの息がかかった、僕を貶める人たち。


どちらの時間も、僕にとってもわりたくない人たちを
賛美されたり、僕を罵るだけの苦痛でしかありえない時間で、
心が苦しくなるだけ。

僕を取り囲む環境は僕が心を落ち着かせる場所なんて、
この二週間ほどで何処にもなくなってしまった。


そして今日もいつものように放課後は誰ともかかわりを持たずに
昭乃さんの待つ、苦痛以外のなにものでもない車の方へと一人歩いていく。


いつもは遠巻きにボクを見ている視線だけを感じるのに、
その日は、僕の後を追いかけて来る瞳矢の足音を感じた。


「真人っ!!」


瞳矢が僕の名を呼ぶ。
その声に惹かれるように、僕は速度をわざと落とすものの
その歩みを止めることは出来なかった。

歩みを止められないでいるボクの前に回り込んだ瞳矢が
僕の視界に入りこむと、腕を掴んだ。



「やっと捕まえた。真人」


やっと捕まえた。

そう言ってくれる親友の声が、
僕の心の中に染み込んでくる。


だけど……この時間に体を委ねてしまったら、
もう多久馬の空間には帰れない。

あの場所に居る為には、僕に心は必要ないから。

何も感情を感じないように遮断して、
機械のように動くだけにしておかないと、
僕が壊れてしまうから。

だから……何も言わずに、ただ親友を視線でとらえた。