伯母さんがゆっくりと告げた言葉に、
俺はゆっくりと目を開けた。



窓の外はすでに陽が落ちている。

ベッドから這い出すと、
俺は本棚に片付けたアルバムを取り出して、
何枚かのページをめくる。


そこに出て来たのは、夢見た時代。



真人が心臓の手術を終えて2年目の夏休みの一幕。



その夏のひと時の写真が、
このアルバムには散りばめられていた。



写真の伯母さんと真人を指先で辿ると、
階下でガチャリとドアが開く音がした。



時計を見つめても、穂乃香の帰宅時間にはまだ早い。


気になって部屋から、
1階へと向かうと穂乃香は俺の顔を見た途端に泣き崩れた。





泣き崩れた穂乃香を宥めながら、
その原因を尋ねると、今まで通ってきたピアノ教室をやめてきたこと。


ピアノ教室の先生の言い方が気に入らなかったこと。

何時までたっても、
私を私だけで見てくれる人が少ないこと。


俺以外にようやく、私だけで見てくれていた彼・とうやと呼ぶ存在が
ピアノ教室をやめてしまったこと。


指に違和感があるような感じはするけれど、
どんなに進めても、紫音先生の診察を受けようとはしてくれないこと。



穂乃香の心の中にある、いろんな感情を吐き出すように
俺にぶつけると、今度は応接室の方に歩いて、目の前のスタインウェイを奏でる。



無心に奏で続ける、無機質な黒鍵の音色は
何処となく、穂乃香の今の心境を表しているみたいで
胸を締め付けられる気がした。






報われない、苦しいだけの恋なら
とうやなんて忘れて、俺のところに来いよ。


* 



思わず喉元まで出そうになった言葉を飲み込んで、
俺は彼女の演奏の後、ゆっくりとそのピアノの前に座って、
リストの愛の夢の第3番を奏でる。




言葉で何かを伝えるよりは、
彼女にとって、穂乃香にとって今一番必要で、
一番負担にならない方法のように思えたから。





泣き崩れていた穂乃香は何時の間にか、
そのまま眠ってしまっていた。



そんな彼女を起こさないように抱き上げると、
外井さんに確認して彼女をベッドへと運び込んで眠らせた。



真人のことは気になりながらも、
今はまだ動けない。




今は……俺自身の最優先事項があるから。



だけどその後は、
真人の心も助けてみせるよ。



その為に俺は日本に帰ってきたんだから。