「荷物、有難うございます。
少し部屋の整頓をして休みます」
「かしこまりました」
「晩御飯は何時になりますか?」
「穂乃香お嬢様が帰宅される時間が遅いため、
20時頃を予定しております」
「それで俺も構いません」
「それでは何かございましたら、お申し付けください」
外井さんはそう言って一礼すると仕事へと戻って行く。
俺は部屋の片隅に積み上げられた段ボールを開封して
部屋の中の棚や、クローゼットへと片付けていく。
そして大量の楽譜を本棚へと整頓しながら並べた。
チェック項目を細かに記入した、
その楽譜を見つめながら、すでに出場が先月決まった
この5月行われるピアノコンクールの本選出場を告げるカードを見つめる。
日本国内の地区大会から勝ち上がった存在が権利を持つ枠と、
海外のワールド予選から勝ち残ったものが出場できる枠。
音楽院経由でのエントリーで、
すでに俺は11月の出場を決めていた。
その時までに完成させないといけない、
オリジナル、ピアノ協奏曲を作るための譜面に視線を走らせる。
まだ固まりきらないビジョン。
納得しきれないメロディ。
そんな楽譜を見つめながら、
俺はベッドへとゴロリと横になった。
体が疲れていたこともあって、
何時の間にか眠りに落ちていた俺は、
懐かしい夢を見た。
*
「はいっ、真人はそこまで。
次は、咲夜君の番ね」
そう言って、まだ小さい真人を
ピアノの椅子からおろして、
俺をピアノの方に招くのは、神楽伯母さん。
真人の母親。
「母さん、僕ちゃんと弾けるもん。
少しだけ指が届かなかっただけだもん。
もっと僕の手が大きかったら、
オクターブも簡単にえんそう出来るはずなのに」
そんなことを言いながら、真人は自分の手を引っ張る。
俺はそんな真人の隣で、
真人には負けまいと、必死にピアノを演奏してた。
母さんのレッスンは、基礎を中心にしたもの。
楽譜を忠実に再現していくもの。
だけど神楽伯母さんのレッスンは、
まず最初に、音楽の楽しさを教えてくれる。
音楽の楽しさを知って、
音楽に自分の気持ちをのせて表現する方法を知る。
そして最後に、基本を振り返って
作者が本来伝えたかった、気持ちを勉強する。
そんな3ステップで包み込むように、
伝えられる音楽の本来の意味。
そんな伯母さんのレッスンによって、
俺は今も、ピアノと友達でいられる。
「咲夜君。
咲夜の演奏はとても大好きよ。
ダイナミックで、感情も豊かで、それに冴香のように技術もあるわ。
だけど咲夜は咲夜なの。
何時までも等身大で、早く大人になりすぎないで。
それに……真人を宜しくね」
真人を宜しくね。