五月。

日本で行われる穂乃香が出場する
ピアノコンクール地区大会本選を三日前に控えたその日、
俺は一人、飛行機に乗って日本へと戻っていた。


空港から向かうのは、
穂乃香が一人暮らしをしている伊集院邸。



俺自身が通い続けていた音楽院での、
実技試験の成績で、首位をキープできた俺は
母さんに話しを通した後、父さんにも日本へ行きたいことを連絡した。


その後、父さんが母校の理事会メンバーを務める、
紫音先生へと正式に、編入が可能かどうかの打診。


紫音先生の手配で、あっと言う間に
インターネットを使って、俺は編入試験を受験した。


その結果、神前悧羅学院悧羅校へと入学が許された。


寮生活も覚悟していた俺に紫音先生が告げたのは、
伊集院家で生活するといいよっと言う申し出。




穂乃香が一人で生活している、
今の生活に、やっぱり不安があるのが父親心なのかな。


幼い頃から穂乃香のことはずっと知ってる。



ただの友達から、異性として意識をし始めたのは
小学生高学年頃。


だけど中学になった時には、穂乃香の口からは『とうや』と呼ばれる
彼氏の存在が居るのは明らかで、何度も口にされるたびに面白くなかった。


そんな初恋の彼女、穂乃香と一つ屋根の下での生活。


それも、彼女の父親である紫音先生の公認。


嬉しいと思う気持ちと、
それと相反する気持ちとが複雑に入り混じって行く。


だけど穂乃香の方は、あくまでそんな対象として
俺を捉えることがないのか、
紫音先生からの提案を普通に受け入れた。



『咲夜が一緒に生活してくれるんだ。

 うち無駄に広かったから少し寂しかったんだ。
これで、夜も安心かな』



なんてサラリと口にする。


穂乃香、自覚あるのか?
お前のそんな態度が……俺を意識させていくって。





空港からバスと電車を乗り継いで、
ようやく辿り着いた伊集院邸。


門のチャイムを鳴らすと、
重厚な門がゆっくりと左右に開いた。


そのまま歩いて敷地内に入ると、
自動的に閉じる門。




「いらっしゃいませ。
 ご主人様より、お話は伺っております。

 穂乃香お嬢様は、今も学校からお戻りになられていません。

 私は家政婦を任されております外井【とのい】と申します。
 お荷物は、お部屋にすでに運び込んでおります。

 どうぞ、お部屋の方にご案内させて頂きます」


40代後半から50代前半くらいの、
品のよさそうな、外井さんに案内されて伊集院邸の2階フロアーへと歩いていく。


通された部屋には、
すでに送っていた俺の荷物が運び込まれていた。