「穂乃香さん、こんばんは。
 テニス部でしたか?学校は充実していますか?」


何時の間にか受付カウンターの方に姿を見せた先生。



「はいっ。部活は充実しています。私ももう高校三年生ですから。
 引退がかかった大きな試合です。

 部活も、コンクールも頑張ります」

「えぇ、両方頑張るのが一番ですよ。

 私は、アナタに期待しています。
 アナタは、伊集院紫音さまのお嬢様。

 アナタの演奏には、大会関係者の視線を集めることでしょう。
 その大舞台で、華々しく演奏して本選まで勝ち進むのです」



またっ……。




この教室に来たばかりの頃は、
この先生も、私を伊集院紫音の娘だと知らなかった。


知らなかった故に、純粋に私だけを見てくれた。



だけどこの先生の知人が尋ねてきた時に、私の正体がばれた。

正体って言うか、隠すつもりもなかった出来事だけど
隠していたかった、家族構成の秘密。


だけど……私の父親が誰かがわかった途端に、
その先生は、パパの名を営業に利用している。




教室に入学を相談しに来た生徒やその家族に向かって
押しのように告げるのは


『あちらにいらっしゃるのが、伊集院穂乃香さま。
 あのピアニストの伊集院紫音さまのお嬢様です。

 私は紫音様のお嬢さまの師としても任されています』



そう言って上手くパパの名で相手を取り込んで生徒を増やしているのを知ってる。、


だけど実際は、その先生が言う様に
この教室をパパが探し出したわけじゃない。


パパが進めたのは別の先生。

だけどその先生は、いつの間にか何処かに姿を消してしまって
見つけられないまま月日が流れた。

パパと一緒にウィーンに行こうとも言われたけど、
私は一人残って、そのまま自分で見つけたこの教室に通いだしただけ。


自分で教室を選んで、通いだした私にパパは反対することもなく
『穂乃香、自分で選んだ未来。信じて音楽を楽しみなさい』っと教室の申込書に署名をしてくれた。


だけどその時は、伊集院紫音の名は同姓同名の別人だと認識されていたみたいだった。



ずっと教室の仲間だと思ってた私のお稽古の時間。

私のパパが明らかになった途端に、
何時もと同じように態度を変えず接してくれるのは瞳矢だけになってた。



『今度、紫音様に会わせてほしい』

『すげぇよな。
 お前、あっ穂乃香さんは伊集院紫音さんのお嬢さんなんだな。
 あんなお父さん居たら、かっこいいよな』

『昨日、お店で紫音さまのCD買ったよ。
 新しいCDも鳥肌もんだった。
 今度、レッスンつけて貰えないかな?

 公開レッスン、申し込むんだけどはずれてばかりなんだ』



少しでも私と友達になって、私を利用してパパとコネを持ちたい。
そんな感情を剥き出しにしてくる存在。


そんな中で、瞳矢だけは私だけを変わらず見てくれた。
私の前で、パパの話は一言もしなかった。


瞳矢がパパの演奏をよく聴いているのは、
MP3プレーヤーに表示されたモニターとかで知ってた。



「先生、私も出来る限り頑張ります。
 だけど結果は残せないかもしれません。

 うちの教室からだと、飛鳥くんと瞳矢ですよ。
 本選に行くのは」


純粋にそう信じているから、それを現実にしたくて
言霊のように声にして吐き出す。