「冬生……ここにいたのか」



ふと一人ふけっていた病室に、
聞き慣れた声が聞こえる。


「小父さん……あっ、多久馬院長」

「今は小父さんで構わない。
 私も冬生も、勤務時間外だ。

 高雅に聞いた。
 一人……担いだそうだな」

「……はい……」

「私も初めての患者を看取った時は己の未熟さを恨んだ。
 勇生と二人で、朝まで想いを吐き出し続けて
 これを糧に前に歩こうって、そうやって自分を叱咤し続けた。

 だが未熟だから人は前に進める。

 冬生と出会った全ての存在は未来の冬生を育てる
 糧と成りえよう。
 
 冬生が引きずり続けても患者の失った命は戻らない。

 だが君の力を必要としている存在は……いるだろう。
 外にも目を向けなさい」



そうやって子供に諭すように告げる、
恭也小父さんが、時折、亡き父のような仕草をしているのが気になりながら、
僕は父が今も見守ってくれているようで安堵して、
黙って頷いた。


「小父さん、真人君ですが」

「あぁ、君から見た真人はどうだ?

 冬生は、真人が前に入院した時も、
 遊び相手になってくれていたな。

 大きくなっただろ」


懐かしそうに紡ぐ恭也小父さん。

真人君のことなると時折、目を細める。



「失礼します。
 院長先生、お客様がお見えです」


看護部長が院長を呼びに来て、
小父さんはすぐに病室を飛び出していった。 



……覚悟を決める……。


見届ける、その覚悟を心に刻んで
僕はゆっくりと歩くんの居た病室を後にした。



「大夢さん。
 すいませんでした」


僕が受け持つ病棟。

指導医の大夢さんに駆け寄って謝罪すると、、
その日の僕の仕事を終えて愛車を走らせて自宅に帰宅する。


僕は和羽に顔を出して、
その足で瞳矢の部屋に向かった。




瞳矢は、誰かと電話をしていて
話を終えた直後みたいだった。




いつものように、日課になってある
瞳矢の両手のマッサージを終えると、
静まり返った部屋に、瞳矢が声を漏らす。


「義兄さん……ボク、
 いつまでこうしていられるかな」


小さな小さな声が、
瞳矢が唯一発することが出来るSOS。

不安。


そんな瞳矢の不安を僕は、
受け止めながらゆっくりと思っていることを伝える。



「瞳矢、『いつまでこうしていられるか』を考えるより、
 『今をどうしていたいか』を考えればどうかな?

 瞳矢が後悔のないように生き抜く為に。

 僕は近くにいたのに、こうなるまで気がつけなかった。
 ずっと傍にいたのにね。

 正直、僕が瞳矢と変わることが出来たらって思う時もあるんだよ。
 
 だけど……それは同情でしかないよね。
 
 同情は優しさから来るものだけど、憐れみからも来るものなんだよね。
 
 だから僕は精一杯、生きようとしている瞳矢の姿を『不憫』だと感じるだけで
 終わらせたくない。
 
 なら僕も医師としても兄としても出来ることがあるはずだって考えた。

 悩んで、友達の留学先にまで国際電話しちゃったよ。
 僕もどうやって瞳矢と向きあっていけばいいかわからなかったから。
 
 周囲にいる僕でもわからなかったんだよ。
 当事者の瞳矢がパニックになるのは当然のことだよ。

 だけど瞳矢、僕は僕にできる範囲でいつものように
 向きあっていればいいのかなって友達と話して感じたよ。

 いつものように振舞うことはとても難しい事だよね。

 だけど、それが一番大切なことなんだ。

 僕は僕のままで居ようと思ってる。
 だから瞳矢も瞳矢のままで居ればいいんだよ。

 悲しかったら泣いてもいいし辛かったら吐き出してもいい。
 瞳矢がぶつける気持ちの全てを僕が抱きとめてあげるから」





今までの僕は、抱きとめる、受け止めるといいながら
何一つ、支え切ることが出来ていなかったように思うから。



だから今度こそ、しっかりと支えたい。