浅間学院高等部の入学式が終わり、
ボク、檜野瞳矢【ひの とうや】は、
中等部以来からのピアノ教室の仲間である飛鳥浩樹【あすか ひろき】と共に
ピアノ教室を訪れていた。



ボクの脳裏の気になるのは、
久しぶりに再会した真人のこと。



そして今も誰にも言えないまま、
一人心に押しとどめ続けている……指先の違和感。


ピアノコンクールの地区大会予選には、
すでに通過して五月には、地区大会の本選。
その結果次第で、秋に行われる全国大会への道が開かれていく。

今はそんな大切な季節。

そんな時期に、指先の動きの鈍さを感じるなんて。

 
「はい、そこまで。
 瞳矢君、もう弾かなくていいわ。
 何度言ったらわかるの。
 その場所はもっと滑らかに 情緒的に演奏なさい」

「すいません。
 もう一度、お願いします」


ボクは鍵盤から両手の指を離すと
何度かグーパーで握りこみを繰り返しながら
祈るように手の甲をお互いの手で摩りあう。

そしてもう一度静かに鍵盤に手を添えると
静かに同じフレーズを弾き始めた。



っまただ……。


何時も同じところで指が動かなくなる。

痺れるような感じがして
指先に力が入らない。



時折、急に力が入らなくなる無力感。


まだ諦めちゃダメ
指を動かさないと……。



「瞳矢君、止めなさい。
 止めていいわ」



先生の手がボクの手を強制的に
鍵盤から引き放した。



「やる気がない人は
 ピアノに触れなくて結構です。
 
 コンクールまでもう時間がないのよ。
 今日は見学してなさい。

 次、浩樹君。
 課題曲の英雄からいきましょう」


ボクは先生のその声に静かに一礼して、
後ろに用意されているソファーへと腰をおろした。