神様……お願いします。


あと少し、あと少しでいいから
ボクに時間をください。

多くは望まない……後、三日。


せめて今回のコンクールの地区本選が終わる瞬間まで。







真人がボクの家に泊まったあの日から、
更に二週間が過ぎて、五月を迎えた。


ピアノコンクールの地区大会本選は三日後。

世の中はGWに突入している。
GWと言っても、
前半は学生たちには関係ない普通の平日と変わらない。

だけど……あの日から今日まで、
ボクはまた真人と擦れ違ってばかりの時間を過ごしていた。


今も午前中は、病院に通院して
病院が終わり次第、遅刻して授業に出る。

一度学校に出てしまえば、
ボクの周囲には、浩樹たちが集まってきて
真人の元に移動することが叶わない。


放課後、真人と話がしたくて声をかけようとしても
あの日から真人は毎日送迎での登下校になってしまって、
何時の間にか教室から姿を消してしまう。



入学式から一ヶ月が過ぎようとしているのに、
真人はまだクラスに馴染めていないみたいだった。




……昔の真人はそんなんじゃなかった……。

真人の周囲には、いつも笑い声が溢れていて
クラスの友達でいっぱいだった。






「真人。
 少し時間いい?」


いつものように教室から消えようとしている真人に、
ボクは思い切って声をかける。


「何?瞳矢。
 ごめん、時間ないんだ」



寂しそうな表情を浮かべて、呟く真人。



「檜野、多久馬なんて放っとけよ。

 お坊ちゃまは、送迎じゃないと登下校できないんですってな。
 ったい、何処のガキだよ。

 多久馬総合病院の息子っていっても、養子だろ。
 勝矢さんが気に入らないって言ってたぜ」



そう言って、いかにも知った風に真人を罵る存在。

真人は何も聞かなかったように、
無言でその場所から立ち去って行く。



ボクは一瞬、目の前のクラスメイトを睨むと
そのまま真人を追いかけて走った。




真人も真人だよ。
どうして何も言わないの?


どうして君は、
そんな変わってしまったの?



真人を追いかけながら、
浮かんでくる思考は、昔の真人と今の真人の違いばかり。

そして今の真人に関する文句ばかりが溢れだして来る。


そんなことを言いたいわけじゃない。

ただボクは昔みたいに、
真人と親友になりたいだけ。




「真人っ!!」



大声で真人の名前を呼ぶと、
その歩く速度が、僅かにゆっくりになる。


慌てて真人のところまで追いついて、
ボクは真人の前に回り込んで、見えるように腕を掴んだ。



「やっと捕まえた。真人」



そう言って真人に笑いかけると、
真人はただ黙ってボクに視線を向ける。



「さっきのアイツのことなんて、気にしなくていいから」

「別に気にしてないよ。
 僕があの人の養子であることも、事実だから否定も出来ない。

 それより、用件はそれだけ?」



真人は何故か、凄くボクから距離を取ろうとしているようにも思えて。



「ううん。
 それだけのはずないじゃん。

 もうすぐボク、ピアノコンクールの地区大会本選なんだ。
 後、三日後。

 だから明日の放課後、ボクのピアノの練習に付き合って貰えないかな?
 真人が傍に居てくれたら、凄く練習も楽しくなると思うんだ」



そう……。

ボクが後どれだけ、ピアノを思いっきり弾けるのかは今はわからない。

だけど日に日に、指の違和感が強くなっている今、
絶世期のように、ピアノを弾きつづけることが出来ない。


それ故に、ボクは先週末に、ここに引っ越ししてきてから通い続けていた
ピアノ教室をやめさせられた。

もうレッスンに指がついていかないから。


今まで演奏出来ていた内容が、演奏を出来なくなる=やる気がないと判断する
ピアノの先生はボクの未来を見限った。


ボクと言う生徒を見ている時間が無駄になって、
他の将来、有望な生徒を見つけて育てる方が大切だと言うことみたいだった。



悔しいけれど、それを見返せるだけの力量は今のボクにはなくて。


それ以来、出場は諦めずに、ボクは放課後、自宅のプレイエルで必死に
練習時間を作っていた。





「ごめん。
 瞳矢、もうお養母さんが迎えに来てるから。
 明日も行けないと思う」




真人はそう言うと、車の方へと再び歩き出す。