「遅くなったね」


ふいに重たい防音扉が開いて、姿を見せたのは
エルディノさんと、穂乃香の父親である紫音先生。


「すいません。エル、紫音様」

「こちらこそ、構わないよ。
 遅くなって悪かったね。それに咲夜、君も来てたんだね」

「はいっ」

「英雄攻略にアドバイスする代わりに、ボクも16手練習のお相手にね。
 まぁ一台、4人だから練習は8手ってことだけど」

国臣さんがそう言うと、
エル先生も、紫音先生も所定の位置についていく。
エル先生が一番低音部。
その隣に、紫音先生と国臣さん。


ってことは俺が演奏するのは、
国臣さんの隣。一番高音部だから楽譜はコレ。

ボジションが決まったと同時に、
瞬時に譜読みを終えて演奏に備える。



簡単そうに見えるのに、互いの鍵盤の位置を把握しながら演奏していく
一台8手の演奏は、考えていた以上に難しかった。


そんな練習を1時間少し終えて、そのまま紫音様のクリニックへと移動して
腱鞘炎の処置をして貰うと、寮に戻って親指だけで国臣さんの課題にひたすら向き合った。



そうして迎えた実技試験の日。

あれほど苦戦していた左手オクターブを負担なく攻略することが出来て、
講師陣の高評価で合格を貰った。




その夜……、俺は寮に戻って母さんへと連絡を入れる。




「咲夜、どうしたの?」

「実技試験の英雄ポロネーズ合格したよ。
だからさ、もう一度日本に行って来ようと思う。

 母さんは大丈夫だっていってたけど、俺は真人が気になってる。
 伊集院先生に頼んで、神前悧羅に編入できないか相談しようと思ってる。

 そしたら、少しでも真人を支えてやれる。
 そうしてもいい?」



自分が思ってることをまず母さんに話した後に、
父さんに話題をふる。

父さんが苦手だからとかじゃなくて、
真人が母さん側の親族になるから。



「お父さんにもちゃんと相談するのよ。

 咲夜、GW。

 臨時で日本公演、単発だけど入れて貰ったの。
 紫音先生のリサイタルのゲストだけどね。

 だからGW、ゆっくりと逢って真人のことは話しましょう。

 私が知ってる姉さんと恭也君の真実を、アナタにも教えてあげるわ。
 じゃあ、日本でね」



そう言うと母さんは電話を切る。


俺はその後、父さんの方にも連絡して
きっちりと、日本で暫くの間生活したいことを伝えた。



神前悧羅の出身の父には、父の母校へと編入したいと告げたのは
反対する必要もないらしく、編入試験を頑張って、自分の未来を掴み取れと背中を押された。





少しずつ、少しずつだけど
俺は君の元へと近づいている。



だから……今は、
未来を信じて待ってて欲しい。






……真人……。