伊集院紫音先生のピアノリサイタルに便乗するように
手伝いと勉強を兼ねて帰国した日本。

スケジュールが終えると、
俺はすぐに父の拠点であるニューヨークへと戻った。

父の家族と僅かな時間だけ過ごして、
再び移動したのは俺が通うスクールのあるウィーン。



真人の表情が気になりながらも、
俺はとりあえず目前の単位取得を目指して、
集中的に課題曲を弾きこんでいく。



才能あるものたちが寄せ集められるように
この音楽院には集まっていて、
朝から遅くまで、ピアノ漬けの音楽に支配された時間。


技術と実力、結果でのみ評価されていくこの場所で、
俺は親の七光りと言われるのが嫌で、
必死に結果を残し続けてきた。



今でこそ、俺を俺として見て貰えるようになったものの
此処に来るまでの時間は大変で、
プレッシャーに押しつぶされそうで、
ピアノから逃げ出した時期もあった。


そんな時、俺を支えてくれて
俺に音楽は本当は楽しめるものなのだと刻み込んでくれたのが
真人の母親、神楽伯母さん。

俺の母さんの、実のお姉さんだった。



ピアニストとしての道ではなく、
ピアノ講師としての道を選択した小母さんは技術だけではなく、
音と遊ぶコミュニケーションのやり方を俺に教えてくれた。


伯母さんのその教えは、音楽一家でがんじがらめになっている
藤本【とうもと】のお祖父ちゃん、お祖母ちゃんには通じることはなかったけど
それでも、母さんだけは、その練習のやり方受け入れてくれた。



自分の音を取り戻して、再びピアノの道へと戻った俺は
真人と一緒に演奏できる日を夢見て、この場所で必死にやってきた。


俺自身の音色で、音楽で、勝負出来るように。






「咲夜、今日は練習終わった?」



学院を出たばかりの俺に声をかけてきたのは、
DTVTと言う楽団に入っている、惣領国臣【そうりょう くにおみ】さん。


ベーゼンドルファー・インペリアルをこよなく愛し続けるピアニスト。




「国臣さん」

「紫音様について、日本に行ってたんだろう?
 向こうはどうだった?

 ボクも久しぶりに帰りたいねって深由【みゆ】と話してたんだ」


国臣さんが、深由と呼んだその人も、DTVTに所属する
ヴァイオリニストでもあり、マエストロ
聴覚は無事なのに、とある精神的ストレスによって声を失ったしまった存在だけど
その音楽的センスには絶対の信頼が置かれている存在、瀧川深由【たきがわ みゆ】。



「咲夜はどうするんだい?
 もうすぐ、ピアノコンクールの地区予選が始まるだろ。
 日本の五月のGW【ゴールデンウィーク】に。

 一緒に帰るかい?君のライバルたちの偵察に。
 ボクも、今の母校の子たちの実力を把握しておきたいしね」


そう言いながら、悪戯っ子のようにウィンクした。


普段は、凄く可愛らしいようなキャラクターを作り上げてる
この国臣さんも一度、練習が始まってしまうと、真剣そのもので
神経を研ぎ澄まさないと、ついていけないくらいのスパルタレベルへと豹変する。




「国臣さん、深由さん、時間あったら少し練習見て貰えませんか?
 明日学院の進級試験なんですよね。

 明日の結果次第だと思うんです。
 日本にもう一度行けるかどうかは……。

 俺の親、筋が通ってないと自由ないっすから」

「まぁ、そうだろうねー。
 別にボクはいいよ。ついでに、ボクの練習にも付き合って貰うよ」


そう言って、移動しながらファイルの中から楽譜を抜き出して俺に見せる。