「はいっ。今日は此処まで。
 一年生はコート整備。

 二年生は一年生をサポートして
 各自あがってください。

 明日も7時から朝練開始です。
 夏に向けての選抜メンバーを決めはじめるので、
 二年生、三年生は気を引き締めて練習してください。

 お疲れ様でした」

「有難うございました」




一日の練習の締め。

コート整備とボールを片付け終わった後輩たちは、
更衣室へと引き上げていく。

三年生も部室で着替えを済ませて、次々と帰宅していく。

最後の戸締りを終えて、部室の鍵を職員室の顧問の元へと返すと
私も学校を後にした。


ピアノ教室に向かう途中、
再び携帯を取り出して睨めっこ。

だけど今も、
メールも着信も入っていない。


そのままリダイヤルで、
瞳矢の携帯を呼びだすもののまた繋がらなかった。


繋がらない電話は、
私を不安にさせていく。


どうして電話に出てくれないの?

ただ声を少しでもいい、
聴かせてほしいだけなのに。



重い足取りのまま、いつものピアノ教室へと向かう。


このピアノ教室でも、瞳矢と逢瀬は可能だったのに
部活動り練習が始まってしまった私は、
瞳矢とはレッスン時間もずれてしまった。



部活をしていない瞳矢は飛鳥くんと一緒に、
17時頃からのレッスンを受講している。



「こんばんは」


受付で教室カードを出して、
教室内のソファーに腰掛ける。

すでに帰ってしまったのか、
瞳矢の姿は教室内にもなかった。




「はいっ。
 穂乃香さん、今日はショパンを弾いて貰いますよ。
 軽く指のウォームしておいてくださいね。

 貴志【たかし】君、そこ。
 もう一度最初から。トリルの際の指を、もう少ししっかりとあげて丁寧に」


貴志君と呼ばれた子の稽古をつけながらも、
私の方にも声をかける先生。

運指運動をしながら待っていると、
前のレッスン生が、お稽古を終える。



「さて、では穂乃香さん。
 こちらへ」


促されるままに、譜面台に楽譜を並べて
ゆっくりと鍵盤に、アーチを描いた。



「あの……先生、今日は瞳矢君来たんですか?」


レッスン前に少しでも瞳矢君の様子が知りたくて問いかける。



「瞳矢君は、ここ1週間休んていますよ。

 本当にコンクール前の大切な時期に、
 何を考えているんでしょうね。

 ほらっ、穂乃香さんも余計なことは考えないで
 今は楽譜と、この幻想ポロネーゼと向き合いなさい」


先生にそう言われると、
私は気持ちを切り替えて楽譜を追いかける。


だけどどんなに気持ちを切り替えて、
追いかけようとしても、思い通りに指は動いてくれない。


演奏は心を投影していくもの。



動揺を隠しきれないまま、
その日は、先生に始終怒られっぱなしで
レッスンを終えた。



瞳矢は教室にも来ていない。



不安かられた私は、携帯に保存している
年賀状用に知り得た、瞳矢の住所を表示させて
携帯のナビを手掛かりに、彼の家を訪ねようと移動を始める。


無事にナビのお蔭もあって、檜野・西宮寺と門に表札が出ていた
建物を見つけたものの、窓から零れる部屋の灯りを見つめるだけで、
勇気を出してチャイムを押すことも出来ず、
近所の人らしき人が、私の方を怪しそうに視線を向けた途端
慌てて逃げ出すように後にして、自宅マンションへと帰路についた。



自宅について、
もう一度瞳矢の携帯を呼び出す。



繋がらない電話。
わからない瞳矢の状況。



こんなにも瞳矢と繋がらないことが、
私を不安にさせるなんて、思いもしなかった。