四月、新たな新一年生を部員に迎えて
聖フローシア学院高等部女子テニス部も賑やかになった。


いつもの様に朝練を迎えて、
授業に参加するための準備を整える。



「お疲れ様でした」
「有難うございました」


対面するコートの端と端、
整列すると一斉に声を掛けあいながらお辞儀をする。



「ではもうすぐ予鈴がなるので、
 手早く後片付けをして、授業に備えてください。

 では次は放課後の練習まで」


一斉に後片付けを終えると、
部員たちは更衣室へと撤収していく。

私たち高校三年生は、
部室へと戻って練習着から制服へと袖を通して
教室へと慌ただしく向かった。



そんな教室に向かう道中も『ごきげんよう』と
擦れ違う生徒や、教師・講師陣でもあるシスターに
挨拶をしながら、盗み見るようにポケットから携帯電話を取り出しては覗き見る。






瞳矢に最後に会ったのは瞳矢たちの入学式の日だから、
今日でもう一週間。



繋がらない電話は、今日もその気配すらない。




発信履歴に連なっているのは、
瞳矢の携帯番号。



だけど瞳矢の声は、
いまだ一度も聴けていない。




瞳矢、アナタは今、私を避けていて?

でしたら、
その理由をおっしゃい。



繋がらない電話だからこそ、
そんな思いばかりが募って行く。





「穂乃香、どうしたの?
 少し機嫌が悪くてよ」



休み時間になると親友の崎田穂積(さきた ほづみ)が
傍に寄ってきた。



「あらっ、穂積にも感づかれてしまったのね」

「感づかれてしまったのねって、穂乃香、
 貴女、ご自身の顔に出やすい自覚はおありになって?

 それで、貴女の浮かない貌【かお】の原因はどうしたの?」



そう言いながら、親友は心配そうに私を覗き込んだ。



「繋がらないのよ」

「繋がらないって彼氏と?」


親友に尋ねられるままに、
私は静かに頷いた。


「繋がらないって頻度は?」

「今日でもう一週間」

「一週間繋がらなかっただけで、
 どうしてそんな落ち込むのよ。

 遠距離恋愛の私なんて、
 一週間繋がらないなんて日常茶飯事でしてよ」

「でも……」

「でもどうかして?」

「気になることがあるのよ。
 一週間前の瞳矢は、少し様子がおかしかったから」

「様子がおかしい?」

「そうなの。

 穂積もそうだと思うけど、ピアノを嗜むものは
その日によって微妙に指に違和感を感じることもあるでしょう。

 だから最初は、彼もそうなのかなって思っていたの。
 だけどこのところの彼は、
 今までミスしなかった箇所で演奏のミスをしてしまう。

 その度に、指を気にしているような素振りを見せるのよ」

「まぁ、それは心配ですわね。
 なら穂乃香さまのお父様にご相談なさってみたら?」

「私も父に会わせたかったの。
 でも瞳矢にはうまく逃げられてしまったのよ」


そう……逃げられてしまった。
こんなにも私は心配してると言うのに。
 



穂積と話し合ってる間に、休み時間も全て終わってしまって
午後の授業を終えると、私は放課後の部活練習へと顔を出した。



夏に行われる大会が終わったら、
正式に引退して、後輩へと部長職を引き継ぐ。


それまでは、ピアノも練習しながら
私はピアノよりも部活動の方に比重を置いている。 



ピアノはこの先も交わっていける。

だけどテニスを本気でするのは、
この高校生活の間だけだから。




ランニング、筋トレ、乱打、スペシャルメニュー、試合っと
順番にその日の練習をびっちりと終えると、
18時頃に部活終了のチャイムが校内に鳴り響く。