「瞳矢、コンクールはどうしようと思うの?」

「……ボク、出場したい……」

「そうだね。
 コンクールの為に瞳矢は頑張ったきたんだもんね」

……そう……。

多分、ボクにとって最後の晴れ舞台になる
可能性が高いから。

この指がもうすぐ動かなくなる。
この手が鍵盤に触れることもなくなる。

ボクは立つことも、自分の力で
食べ物を飲み込むことも出来なくなる。

だからこそ……今を輝いていたい……。


「いいよね。出場しても……」

「瞳矢、僕は瞳矢の夢を応援してる。
 だけど無理だけはしないんだよ。

 何かあった時は僕に必ず連絡すること。
 後は病院にも必ず行こうね」

「……うん……」

「大丈夫。
 未来は必ず繋がっているから、
 瞳矢の未来も繋げて行こう」





……未来は必ず繋がっている……。





何度も義兄さんが、
ボクを励ましてくれる言葉。

信じていたい……ボクの未来も繋がっていることを。



「真人、何があったのかな」

「真人君に何が起こってるのかは、
 正直、僕にもわからないよ。

 ただ僕にとっても、恭也小父さん、多久馬院長のご家族が住む家は
 生活しやすい環境じゃなかったから、その点では少し気になってる。

 だけど院長に頼まれて僕が真人君の家庭教師を引き受けることになったから
 ゆっくりと真人君の様子も見ていくから。

 瞳矢は心配しなくていいよ」



義兄さんは優しくボクの髪に触れた。



「義兄さん、ボクはどうやって真人に向き合えばいい?
 想いだけが空回りして真人に何も伝えられないよ」

「瞳矢は瞳矢のままでいいんだよ。

 今のままの瞳矢で居て真人君を静かに見守ってあげることが
 大切なんじゃないかな?

 勿論、瞳矢自身もちゃんと守るんだよ。
 そうしないと瞳矢の心も疲れてしまうから。

 瞳矢は優しいから全てを自分で背負ってしまうでしょ。
 でも全てを自分で背負わなくていいんだよ。

 疲れてしまう前に俺を頼ってくれていいから。

 真人君の事も心配だよね。
 大切な友達だから気になるよね。

 だけど……今は瞳矢自身の事を何よりも優先させるんだよ。
 瞳矢の心のキャパシティーにゆとりが出来たとき、
 その隙間で少しずつ真人君の事を考えていってあげられればいいから」

「うん……。今のボクにはコンクールが大切だから
 今度のコンクールが多分、ボクの出場できる最後の舞台だから」

わざと〈最後〉の部分を強調させる。

ボクはこれから先、確実に訪れてしまうものに対して
後悔しないように準備をしないといけない。


出来なくてもしなければいけない。



少しずつ今の生活に別れを告げていく準備。
……最期の瞬間に向かって……。


「瞳矢、最後なんて軽く言葉にしてはいけない。
 ……わかったね……。
 ほらっ、瞳矢も今日は休みなさい」

「うん。
 あっ、義兄さん真人の家には電話したの?」

「恭也小父さんには連絡した。

 すぐにでも迎えに来たそうだったけど、
 瞳矢が久しぶりにゆっくりと話したいって言ってるからって
 瞳矢の名前借りたよ。
 
 今日は真人君を預かって明日の夕方、僕が送っていくから」

「……うん……。おやすみなさい」

「おやすみなさい、瞳矢」

床に敷かれた一組の布団。

ボクが布団に潜ったのと同時に、
義兄さんは部屋の灯りを消して静かに退室する。


部屋に暗闇が広がった。

いつもは大好きな闇の静けさ。
その静けさが今日は怖い。


恐怖と安らぎを感じながら、
天井を見つめる。



ボクは様々な事を思い起こす。
懐かしい記憶を辿りながら深い眠りへと誘われて行く。





ボクのこの眠りが少しでも早く、
覚醒しますように。

ボクにはまだ未来がある。
ボクにはまだ夢がある。



ボクはまだ……諦めはしない……。