瞳矢……変わってないね。
そんな懐かしさをふと思い出す。


「瞳矢、苦しいって」


暫らく僕を抱きしめ続けた瞳矢は、
自分の中で納得出来たのか僕を解放する。


「あっ、ごめん。

 だけど真人が同じ学校に入学するなんて
 思ってもみなかったから嬉しくってさ。

 つい何時もより力強く抱きしめちゃった」


ケロっとした表情で、
愛くるしくチラっと舌を出して謝罪する瞳矢。


「僕もびっくりした。
 瞳矢と会えるなんて思ってなかったから」



この場所は最後に瞳矢から連絡を貰った住所の
近くだとは思わなかったから。


「だったらもっと嬉しそうにしてくれてもいいじゃん。
 でも良かった。

 ボク、ずっと心配してたんだよ。
 一月のあの地震。

 神楽小母さんは元気?
 真人の入学式、当然見に来てるんだろ。

 テレビであの映像みて、
 ボクも向こうの友達に必死に連絡してみたんだけど、
 殆ど連絡つかなくて、ずっと心配してたんだ。

 でも今、この場所で真人と再会できて
 ボクは凄く嬉しいよ」


瞳矢はにっこりと微笑むと、
僕にもう一度覆いかぶさるように抱きしめた。

瞳矢の言葉が、僕の心に
深い闇をおとしていく。


「真人君、神楽ちゃんは?」

「母はあの地震で亡くなりました」


受け入れたくない現実を言葉にする。

一瞬のうちにあの時間に引き戻された僕は、
その時間に引き戻されるように、
体が震えはじめる。


「まぁ……小母さん、知らなくて。
 ごめんなさい」

「ごめん。ボクも知らなくて。
 だから真人は、苗字が変わってしまったの?」


もう何も言わないで、
……お願いだから……。


震え続ける体を抑え込みたくて、
無意識に抱きしめる腕に力を込める。

前触れもなく僕を恐怖に陥れる発作。


少しでも早く、その苦痛から逃げ出したくて、
僕は何も話せないまま二人の前から走り去った。

今の苗字になった経緯も、
母のことも、今は何も触れて欲しくない。

何も聞かないで。



それは偽りの話、
現実じゃないって……全て嘘なんだって……
何度も自分に暗示をかけつづける僕がいる。


何度も何度も心の中で、
暗示を繰り返しながら落ち着ける場所を探す。



落ち着ける場所で探すのは、
この町に来てから手放せなくなった
精神安定剤の入ったタブレットケース。

薬をケースから取り出すと、
鞄の中に放り込んであったミネラルウォーターで
一気に胃の中に流し込む。


暫く、公園みたいなその場所で時間をやり過ごして
動ける状態になったところで、
多久馬家の自室に駆け込む。


多久馬家の中で、唯一
僕が落ち着けるテリトリー。

部屋の机の上には、
あの人が用意してくれた、僕の知らない
母が笑顔で笑っている写真。


この空間だけが、
僕を僕に帰らせてくれる。



物音に怯え、足音に怯えながら
息を殺して生息する新しい生活。



『食事よ。早く食べてしまいなさい』


ドアの外から声が聞こえて、
すぐに足音は遠ざかっていく。

ドアを開けた向こうには、
おにぎりが二つ。



そのおにぎりには手を触れず、
そのままドアを閉めて、ベッドの中に転がる。