「待たせたな。真人」


僕の正面のソファーに書類を持って
座ったあの人を見て、僕は体をますます硬直させる。



「最近はどうだ?
 夜は眠れているか?」

「……薬を飲めば……
 何とか眠ることが出来ます」

「そうか、なら引き続き処方しておこう。
 発作の方はどうだ?朝はまだ辛いか?」

「…………」


僕は無言で頷いた。



あの日から、いつ来るかわからない発作に怯えながら
過ごしている僕がいる。



「不安定な状態が続いているようだな。
 もう少し強い薬も頓服に加えておこう。

 担当の臨床心理士にも報告しておく」


その言葉に僕は静かに頷く。

今、こうしている間も、
僕の体は震えが止まらないのだから。


そう今の僕はいいなり。

憎悪しか持てないこの人に、
何一つ反抗する術を知らない。


「真人、せっかくの入学式に出席してやれずに悪かった。

 入学式もそうだが、仕事が忙しくて
 なかなか家にも帰れなくて悪いな。

 浅間はどうだ?
 名門校と言われている学校だ。

 浅間を卒業しておけば何処の大学でも入れる。
 真人は医者になりたいと、あの頃話してくれたな。

 神楽から預かった大切な私の息子に、
 将来はこの病院を任せたいと思っている。

 医者になるためなら、どんなことでも援助してやる。
 必要な時はいつでも連絡してきなさい。

 昭乃には言いづらいだろう」


あの人の言葉が僕を追い詰めていく。


確かに、昔は医者になりたいと思った。

医者になりたい気持ちと、
お母さんみたいにピアノに携わる仕事がしたいと思ってた。


だけど今は……何も考えられない。



あの人に憧れ続けた夢の時間は消えたから。
医者と言う選択肢は消えてしまった。




「今はもう、医者の夢はありません。
 
 医者は勝矢兄さんに。
 勝矢兄さんなら立派な医者になってくれるでしょう」
 
 僕はピアニストになりたいんです。

 だから病院の事は勝矢兄さんに」


思ってもない言葉を紡ぐ僕の口。


「ならん。
 勝矢は経営者の器ではない。

 それにピアノみたいな玩具を手の職にして何になる。

 この病院を守るのは真人しか居ない。
 お前の道は私が決めてやる。
 立派な医者として道を歩ませてやる。
 だから勉強を怠るな。いいな」



息が詰まりそうなほどに重たい空気が流れる時間。



そしてあの人は、僕を説得するあまり
母の仕事を侮辱した。



ピアノに携わる仕事は、
僕の母にとっての誇りだったから。