入学式から一週間が過ぎた。


あれ以来、
学校で瞳矢とも会話をしていない。



高校生活が始まって、
多久馬の家を出ていられる時間だけ
僕は、ほんのひと時の平穏。



少し早目に多久馬の家を出て学校までの道程を
ゆっくりと歩いていく。



今の家族から離れて過ごせる時間が、
僕の中で、ほっと出来るひと時。


朝ご飯を抜いて登校するので、
通学途中のコンビニで、栄養食品のスティックバーを購入して
近くで手早く食すると、そのままゴミを捨てて再度学校を目指して登校した。


学校の授業はそれなりに楽しいけど、
地元の地域では有名な「多久馬総合病院」の院長に突然引き取られた
養子の僕の周囲には、興味本位な人たちが集まってくる。

だけどそんな野次馬的な周囲に集まって来た人たちを無視して、
教室を抜け出して、図書館へと向かう。


誰かと交流するのが煩わしいと感じる僕。


昔は楽しかった人付き合いが、
ここに来てから一気に煩わしくなった。


何とか一日の授業をクラスメイトや、同じ学年の人たちを避けながら
終えると逃げ出すように、学校を飛び出した。


っと言っても、放課後の僕の行動範囲に自由があるわけでもない。

授業が終わると、重い足取りで向かうのは
あの人が経営する、病院への診察。

小学生の時に母と一緒に来た
その時よりも、もう少し大きくなった規模。


あの頃は、僕を助けてくれた憧れの人が働いている病院で
僕も大きくなったら、その人みたいな医者になって働きたいっと思った。


だけど……今は違う。


あの人への思いが
尊敬から憎悪に変わったから。


だから今はこの場所が僕は苦手だった。




そんな病院のエントランスを潜って、
昔、お母さんも演奏したことのあるピアノの傍を歩いていく。


ピアノの傍に立ち止まって蓋が閉じたままのピアノを
ボーっと眺めなる。


誰も人が居なかったら、
その蓋を開けて、鍵盤に触れたい。

そんな衝動を抑えながら。


擦れ違う大勢の外来患者さんたちに、
後ろからぶつかられると、僕は慌ててその場を後にした。


患者さんたちをすり抜けて、
僕が向かうのは診察室じゃなくてあの人がいる院長室。


そうやってここ二ヶ月間、
僕は通い続けてきた。


「あらっ、真人君。

 今日は診察日だったのね。

 浅間学院の制服、似合ってるわよ。
 学校生活はどう?
 楽しい?」


小学校の頃の僕を良く知る看護師の浦和さんが
立ち止まって声をかける。


僕はすぐに仮面を被る。


「こんにちは。浦和さん。
 学校は楽しいですよ。

 今通ってる高校で、久しぶりに昔の幼馴染に再会したんです。

 瞳矢って言うんですけど」

僕の実情とはうらはらにサラサラと
紡げてしまう言葉。


「まぁ、良かったわね。
 幼馴染の瞳矢君も、凄く喜んだでしょう。

 真人君が浅間学院に通うって決まってから、
 院長先生、ずっと心配されてたのよ。

 今はまだ第三診察室にいらっしゃるから、
 もう暫く、上の部屋で待っててね」


今は看護部長を任されてる浦和さんは
僕の肩をトントンっと叩いて仕事へと戻っていく。