「お帰り、咲夜。
 親戚の方はどうだった?」

「伯母は亡くなっていました」

「それは残念だったね」

「でもお墓参りは出来ましたし、
 従姉妹は生きてるみたいなんですけど、
 多久馬総合病院ってところの近くに居るみたいで」


母のメールにあった病院名を出す。


「多久馬総合病院。
 多久馬恭也くんが病院長をしてるところだね。

 咲夜の従姉妹が、彼のところにいるとは」

「それで……少し訪ねてみたいと思うんです。
 お許し頂けますか?」

「構わないよ。
 明日は午前中はリハーサルだから、
 その後、15時以降からだったら時間が出来るね。

 21時までの門限の間に、出掛けておいで。
 万が一、従姉妹の家に泊まる時は連絡を。

 その時は、9時までにスタジオに来てくれたら構わない」


伊集院先生の許可を貰って、
俺は翌日、リハーサルの後に真人の住む住所を尋ねた。


住所に記されたところにあるのは、
大きな西洋風な建物。

お洒落な形をしたその建物の中に入っていく、
青年と女性。


その人たちが家の中に入って以降、
その屋敷に出入りする者は確認できない。


痺れを切らして、あの家のチャイムを鳴らそうとも思った。
血の繋がった従兄弟同士の俺たちが、
訪ねあって何処が悪い。


そんな風にも思えたけれど、
『真人は実のお父さんに引き取られたの』
その母さんの言葉が引っかかった。

今、出入りした人たちは
真人の今の家族かも知れない。

どんな理由があるのかはわからないけれど、
真人が素直に歓迎されているとは限らない。

そんな風に気を使って、
直接訪ねることは諦めた。

ただ一目、玄関を入っていく真人の姿だけでも
確認出来たら十分だ。


そんな風に思いながら、
俺はその屋敷をじっと喫茶店から見つめ続ける。

春の暖かな太陽が沈んで、辺りが真っ暗になった頃
その家の前に人影が立ち尽くす。


慌てて、喫茶店の勘定を済ませて俺は走って行く。



「真人」


名前を呼んでも、俺の声は真人には届かない。


久しぶりに再会した真人は、
下を向いたまま、死んだような眼差しのまま
屋敷中へと入っていった。




昔のような笑顔を失った真人。





君が苦しいなら、
俺の家に来たっていいのに……。

もう一度、昔みたいに一緒に演奏しよう。





そんな望みを願いながら、
俺は約束の時間までに伊集院さんの元へと帰った。

そのまま翌朝、リサイタルを手伝って
ロンドンの自宅に帰路についた。



変わり果てた真人……を
何とかしたいと心で思いながら。