その参列者の中に、
僕が一番見届けて欲しかった母さんの姿は
当然ながら見つけられない。


そして、そこには父親だと名乗った
あの人の姿も存在しなかった。


体育館から教室へと移動する道すがら、
恥ずかしそうに親だと思われる存在に手を振るクラスメイト達。


そんなクラスメイト達に苛立ちすら感じながら、
僕は指示された席へと着席した。


ただ騒々しいだけのクラスメイト。

耳を塞ぎたい衝動を抑えつつ、
やり過ごす時間。


『たくま まさと』


ふと、耳につくキンキンとした声が
僕を現実に立ち返らせる。


『たくま まさと。
 貴方のことでしょ、返事しなさい。

 先生の声が聞こえなかったの?
 貴方、高校生になって返事すら出来ないの?』



その担任と言う存在の視線は、
僕を見ている。

だけど呼ばれる名前は僕の名ではない。

『何度言わせるの。
 ほらっ、貴方。しっかりしなさい。

 今日から高校生ですよ。
 そんなことでは先が思いやられるわよ』

何度も口うるさく、キャンキャンとわめく
その人の言葉に、呼ばれている間違った名前が
僕の名だとようやく自覚する。


先なんて知らないよ……。
今ですらわからないんだから……っと
自嘲気味に笑って、ゆっくりと向き直った。


「申し訳ありません。

 『たくままさと』さんと言う方がクラスにいらっしゃると
 思っていました。
 
 僕は結城……あっ、多久馬真人【たくま なおと】です。
 『まさと』ではありません」


名前を訂正して、お辞儀すると
そのまま元の席に着席する。


担任の井村と言う女性教師は、
謝罪するわけでもなく、何事もなかったかのように
次の生徒の出欠を続けた。



教室の窓からぼんやりと校庭を見つめる。


満開の桜の花。


美しいはずなのに……何も感動が生まれない
壊れかけた僕の心。




……僕を助けて……








「檜野瞳矢【ひの とうや】」




井村先生の声が僕に懐かしい記憶を思い起させる。



小学生のころまで文通をしたりして
連絡を取り合っていた、幼い僕の大切な友達と同じ名前。

慌てて教室中を見渡すが、
幼馴染かどうか確認できない。

流されただけのHRが終わり
僕たち新入生は教室を後にした帰り道、
突然、背後から僕の旧姓を呼ぶ声が聞えた。



「真人っ。
 結城真人」



振り返った僕の視界に映ったのは、
幼い頃の面影を強く残したままの親友。



そして……仕事で遅くなる母の代わりに、
お菓子をご馳走してくれた瞳矢の小母さん。



「瞳矢……」

「そうだよ。
 真人っ、ボクだよ」


瞳矢は満面の笑みを浮かべると、
僕に勢いで抱きつく。

力強く僕を抱きしめる強烈なスキンシップは
昔馴染み。