四月。
俺はようやくアメリカから日本へと仕事で来ることが出来た。


ピアニストを務める母と、
マエストロの父を持つ俺、羽村咲夜【はむら しょうや】は
ワールドリサイタル中の母、羽村冴香の元を離れて一人で日本の地を踏んだ。

真っ先に向かうのは、
母の姉である、伯母とその息子、真人が住むH市。

この年の一月、H市で大きな地震があった。

学校の関係で離れられなかった俺、
リサイタルツアー中で、仕事に穴を開けられなかった母。


俺たちのもとに知らされたのは、
伯母さんが、震災で亡くなったと言うこと。

母のご先祖様が眠り続ける、
海の見える墓地に埋葬されたと言うことだった。


その日から三ヶ月。

単独で日本に行く必要があった俺は、
母のピアニスト仲間でもあり、俺自身の主治医も担当してくれる
ピアニスト兼音楽家専門外来の医師、伊集院紫音先生と合流するべく
日本へと到着した。


すぐにでも本来は伊集院先生と合流するべきかもしれないが、
俺には行きたいところがある。


H市の……昔、オレが何度か出掛けたその家に行ってみたかった。



空港から直接、伊集院さんの連絡先に電話して
『伯母が住んでいるH市に顔を出してから合流します』っと告げる。


H市と告げただけで、「震災があったところだね。ゆっくりと皆さんとあっておいで」っと
先生は疑わずに送り出してくれた。


空港から、そのまま電車・新幹線と乗り継いで
H市に到着したのは夜。


その日はそのまま駅員さんに相談して、
観光協会経由で、今夜泊まれるビジネスホテルに一泊した。


今も時折、何度か余震で揺れ続けるH市。

たびたび、けたたましく鳴り響く携帯のサイレンに脅かされながら
俺は朝を迎えた。

ホテルでモーニングを食べ終えると、
そのままチェックアウトしてホテルを後にした。

太陽が昇りはじめると、震災の被害の大きさが浮き彫りになる。

ブルーシートに覆われた屋根。

一部の区間は、電車が開通していないのか

『代行バス』などと書かれたバスが、何台も到着し
朝の通勤ラッシュ時の乗客をのせては移動していく。


景色がかわってしまった街。


ただ住所だけを頼るように、
俺は真人たちが暮らしていたマンションを目指した。


時折、行きかう人に住所を見せて訪ねながら。


ようやく辿り着いたその場所は、
すでに取り壊されて更地となっていた。



あまりの変わりように唖然とする。




ここで伯母さんは亡くなってしまったんだ。

そう思うと、
思わず手を合わせずにはいられない。




「君、誰か関係者かい?
 このマンションは、一週間前に全て撤去されたんだよ」


ふいに話しかけてきたのはお祖父さん。



「この場所に伯母と従兄弟が住んでいたので、
 立ち寄らせて頂きました」


そう言ってお辞儀をする。


「わしは、ここの管理人をしていた乾【いぬい】というものだよ。
 君はどちらさんの親族かい?」

「羽村咲夜と言います。
 伯母は、結城神楽【ゆうき かぐら】」

「なんじゃと……神楽さんの甥っ子かい。
 藤本【とうもと】先生のところの関係者かい?」


藤本は母の旧姓。
このH市は、母の生まれ育った場所。


「母の旧姓は、藤本冴香【とうもとさえか】です」

「こりゃたまげた。
 冴香さんにも立派な息子さんがいたんだな。

 神楽さんのことは、悲しいことじゃったな。
 今日はお墓参りか?」

「えぇ。
 お墓参りと、後は……消息の分からない従姉妹を探しに」

「従姉妹って、真人君かい?」


乾さんはすぐに、真人の名に触れる。