そう……1月頃。
高校一年生と、中学三年生。




中等部から聖フローシアに入学した時、
同時に私は、このピアノ教室に顔を出すようになった。

私がレッスンに来た頃には、
すでに瞳矢は、ここでレッスンをしていて
教室内で、何度かあって演奏をしている間に
気が付いたら、恋人同士になってた。


小学生5年生と中学一年生。

離れていると思ってた時間が、
中学生同士になると、グンと縮まった気がして安心できた。



だけど今年の1月は、中学三年生と高校二年生。

一歳しか年が変らなくても、
中学生と高校生と言われてしまえば、凄くその間に距離感があるようで
不安になった。


そんな一月頃から、急に付き合いが悪くなった瞳矢。



電話をしても電話は繋がらない。
ピアノ教室に行っても、素っ気ない。



瞳矢との距離感が広がっていく不安を感じながらも、
私は最近、妙に引っかかる瞳矢が気にしている手が、気になって仕方なかった。



こんなことになるなら、
瞳矢が嫌がってでも、パパに逢せるんだった。


秋のコンクール本選出場に向けて、
始まって行く、練習時間。




「はいっ。
 穂乃香ちゃん、心は何処にあるのですか?

 瞳矢君を気にしているのでしょう。

 喧嘩でもしましたか? 
 でもレッスンに私情は持ち込まない。

 ほらっ、もっと集中して」



先生の声に流されるように、
私は必死に、その後も二時間の練習を終えた。





「有難うございました」



レッスンを終えて、
私は丁寧にお辞儀をする。



「いいえっ。

 後半はしっかりと集中していましたね。
 この調子で頑張ってください」



そのままレッスン室の防音扉を開いて、
一歩外へと出ると、受付カウンターの前のソファーに
今度は彩紫小父さんの姿を確認した。




「穂乃香ちゃん、レッスンお疲れ様」


そう言うと、教室内のスタッフさんに声をかけて、
私をエスコートするように、教室の外へと連れだす。


教室前の駐車場に停車しているのは
目立つリムジン。


「遅くなってすまない」

彩紫小父様が声をかけると、傍に居た運転手がドアを開ける。

車内には彩紫小父さんの息子さんが
書籍に視線を走らせていた。


「一彩【かずさ】挨拶は」


彩紫小父さんがそう言うと、一彩君はチラリと本から視線をはずして
私を見て会釈した。


「すまないな。
 一彩は、今季、悧羅の総会メンバーに入れなくてな」


そう言うと、彩紫小父さんは
私を一度家に招いて、食事を一緒にすると自宅へと送り届けてくれた。
 



家についたのは、21時半頃。

遅いかなーっと思いながら、
瞳矢の番号を呼び出して電話をかける。



ピアニスト、伊集院紫音一人娘である私。

何処に行っても、『ピアニスト・伊集院紫音の娘』だった私を
ただの穂乃香としてみてくれた、大切な存在。

それが瞳矢と父のピアニストとしての知人。
羽村冴香【はむらさえか】の息子、羽村咲夜【はむら しょうや】。

その二人だけだから。




今日も電話に出ないのかなっと思ってあきらめかけた時、
「もしもし」と瞳矢の声が聞こえた。


「こんな時間にゴメン。
 父の親友のご家族に、食事に招待されて今送って貰ったの。
 瞳矢も知ってるでしょ、彩紫小父様」

「うん」

「今日、入学式だったんでしょ?
 高校生活は楽しくなりそう?」

「そうだね……」

他愛のない会話をしていても、
ちゃんと答えてくれるものの、瞳矢の言葉は何処か遠くて。



いつもと違ってる……。