「パパ」

「穂乃香、学校の部活に夢中になるのもいい。
 テニス部は楽しいかい?」

「えぇ、私は今凄く充実してるわ。
 ママが卒業した聖フローシア学院で」

「なら今は学園生活を楽しみなさい。
 私は何も言わないよ。

 暫く日本には戻れない。
 留守の間は、また紫【ゆかり】や彩紫【さいし】たちに頼んでおくから」

「大丈夫よ。
 でも……紫小父さんや彩紫小父さんが困った時に力になってくれるのは
 頼もしいわ。
 パパも無理しないで」

「あぁ、では行ってきます」

「行ってらっしゃい」


空港でお互いに手を振りながら別れたのは、
私、伊集院穂乃香【いじゅういん ほのか】の父親。

ピアニストの、伊集院紫音【いじゅういん しおん】。

幼い時から、海外を拠点にピアニストとして
そして自らも、音楽家専門外来を開設している医師。

中等部から母の母校である、
聖フローシア入学を機に、日本に帰って来て私は
一人暮らしを始めた。


日本にいる間、私の生活を見守ってサポートしてくれているのが
パパの親友である、紫小父さんと、彩紫小父さん。

二人とも、パパの大親友であり、
神前悧羅学院の理事会メンバーを務める生粋のエリート。


パパを見送って、電車で帰ろうと駅の方に向けて移動を始めると
「穂乃香ちゃん」っと私の名を呼ぶ声が聞こえた。

今も伝説になっているらしい、
長い髪の左右だけを垂らして、紫の組紐で後ろに結わえたその人は
紫小父さん。

その隣には、奥さんである、デザイナーの綾音姫龍さんの姿。


「紫音を見送りに来てたんだろ。
 さっき、メールが入ってきたよ。

 私も奥さんを迎えに来ていてね。
 良かったら、一緒に乗っていかないか」

紫小父さんのそんな誘いもあって、
私は、お言葉に甘えて一緒に車へと乗せて貰った。

そのまま車は見慣れた街へと高速道路を飛ばして到着した。


「穂乃香ちゃんは何処におろしたらいい?」

「あっ、えっと……もうすぐピアノのレッスンなんで、
 ピアノ教室の近くで」

「了解。
 姫龍さん、少し寄り道していくよ」


そんな風に、紫小父さんは、愛妻を気遣いながら車を走らせた。


「今度、またゆっくりと遊びにおいで。
 一緒に皆で食事でも食べよう」

そんな紫小父さんの言葉を合図に、
車がゆっくりと目的地で停車すると、
私は一礼して、後部座席のドアを開けて車の外へと出た。


「送って頂いて有難うございました」



そう言うと私は、
車を見送ってピアノ教室の方へと歩き始めた。