「冬生、お帰なさい。
 お疲れ様」




書斎に、僕の妻である、
和羽(かずは)が姿を見せる。



「目の下……。
 くま出来ちゃってるよ」


和羽の声に慌てて、
鏡を覗き込む。
 


「……ホントだ……」

「冬生、研修医って大変なんだと思う。

 私……一応、理解してるつもりよ。

 冬生が研修以外でも
 何か家の為にって思ってるのは知ってる。
 
 だけど私は今で十分だから。

 ちゃんと私が頑張って、冬生が十分に満足できるように
 働いてカバーするから」





出来すぎた……奥さん……。




僕と和羽は学生の間に結婚した。


出逢ったときは僕は大学三年生で、
和羽は……短大を卒業して就職したばかりの社会人一年生。




そして多久馬の家から離れるために、
僕は院長がすすめるままに和羽と結婚した。





それ以来、僕は理解力のある
和羽に支えられて生きている。




「……和羽……。
 瞳矢の親友。

 真人君って知ってるかな?
 どんな子だった?」





僕は素朴な疑問をぶつけた。





「真人君。
 知ってるわよ。
 
 品の良さそうな明るい小母さんに育てられた
 律儀な子って言うのかな。

 小さい時から、ちゃんと挨拶が出来て、
 誰かを思いやることが出来て……。

 あっ、後……ピアノが上手かったわね。

 あの当時はうちにピアノがなくてね。

 瞳矢、いっつも真人君家のピアノかして弾かせて貰ってた。

 神楽小母さんも昔……ピアニストやってたのかな。
 
 昔……チラっと耳にしたことあるわよ。

 あっ、後……。
 私と瞳矢にとっての初めてのピアノの先生が真人君のお母さんかな」




懐かしそうに目を細めながら、
遠い記憶を紡いでいく和羽。



「和羽もピアノしてたの?」




初耳だな……。


一度も……聞いたことないけど……。