真人、そんなところに居たら風邪をひくわよ。





傍に聴こえる母の声。
僕が求めた唯一の空間。

周囲に視線を向けて、母の姿をさがす。




「お母さん……僕、がんばるよ」





あれは……小学生の僕。



そうだ……心臓の手術をしないといけなくなった僕。
その僕を見ながら……お母さんが泣いたんだ。

咄嗟に僕は励まさなきゃって思った。
お母さんを泣かしちゃいけない。


「だいじょうぶだよ。
 ちゃんとぼく、ここにもどってくるから……。
 大好きな先生もついてるんだよ」

『そうね。

 真人を愛してくれてる
 先生がついているものね』

「うん。そうだよ。

 ぼく、先生とやくそくしたんだ。

 大きくなったら先生みたいなおいしゃさまになるの」

『そうなの?』


「うん。そうだよ。
 けんさの時、ぼく、先生におはなししたの。

 先生、すごくよろこんでくれたんだよ。
 がんばりなさいって、ぼくをだきしめてくれたの」






えっ?


僕の知らない僕。


……覚えてない……。



『真人、
 ほらっ見てみなさい』



お母さんが後ろから僕を抱きしめる。
母の温盛が僕の体を暖かく包み込む。


「お母さん……これ……」


『そうよ。

 真人と貴方のお父さんの記憶。
 真人は忘れてしまったのかしら?』


「……知らない……」




わからない。
僕が知っているあの人と違う。





『真人……恭也君の……
 お父さんの部屋に出かけてみましょうか』



お母さんの声と同時に僕の周囲の景色は
一瞬で変化する。


……此処は多久馬総合病院の
院長室……今と変わってない無機質な部屋。



この冷たい空間が僕は嫌だった。
あの人を象徴するかのようで。



『真人、よく見て御覧なさい。

 貴方のお父さんの姿を。

 お父さんは貴方を愛しているのよ。
 でもお母さんが言ったの。

 真人には『お父さん』だとは名乗らないでって。
 貴方を苦しめたくなかったから』



母の優しい声色を聞きながら
僕の目に映る風景。


それはあの人が僕と母の入った写真を眺めながら、
グラスに注がれたお酒を飲んでる姿。



そして、その写真の中に見慣れた写真を見つける。


……あっ……これ……。
今、僕のデスクに飾られている僕の知らない母の写真。



お酒を飲みながら……時折、
凄く寂しそうな表情をするあの人。