もう少し早く真人に接触してたら……。




自分自身への悔しさだけが、
大きく心の中を占めて、後悔だけが増幅していく。




ソファーの背もたれに、体を預けるように座りなおして
脱力した俺に「咲夜」と呼ぶ声が、上から降り注いだ。



「……紫音先生」

「今、真人君だったかな。
 処置室から病室に移動したよ」

「……そうですか……。

 紫音先生、帰ったら俺、伊集院の家にお世話になりますよね。
 真人も誘ったらマズいですか?

 俺……真人をあの家には置いときたくなくて……」


そう……。
何とかして、真人をあの多久馬って言う家から引き離したい。

あの家に養子になって、恭也って人に引き取られてから
真人は変わり果ててしまった気がするから。



「咲夜……大切なことを忘れてないかな?
 それを決めるのは咲夜じゃないよ。

 真人君自身ってことを忘れてはいけないよ。

 彼が咲夜と一緒に生活したいと望んだ時は伊集院の家と言うよりは、
 君たちが二人で生活できるマンションを口利きしてあげるよ」



紫音先生は穏やかな口調でそう告げた。


「紫音先生、真人……どうしてあんな状態になったんですか?」

「処置をしたドクターの話だと、薬を大量に服薬して昏睡状態に陥ってたみたいだね。
 とりあえず今出来る処置は終わらせているから、後は体内に残る薬を薄めながら
 意識が戻るのを待たないといけないかな」

「そうですか……」

「真人君の傍に行かなくていいの?」



紫音先生の言葉に、ゆっくりと体を起こすと
俺は紫音先生と共に、真人の病室へと向かった。


真人の病室前には、友達らしい存在が
次から次へと顔を出しては、後にしていく。

その友達らしき存在は、
母さんと俺にお辞儀をしてエレベーターに乗り込む。


一気に病室前にいた人数が減って、
今、病室に居るのは恭也さんと、真人の幼馴染、そして……後二人。

そんな四人も面会が終わると、病室を後にした。


恭也さんしか居なくなった病室に、
俺と母さんは入ると、真人の傍の椅子に腰掛けた。


「恭也君」


母さんが気遣うその人は、
両手で真人の手を握りしめたまま祈り続けているようにも思えた。


「冴香さん、それに……咲夜君だったかな。
 こんなに遠くまで、すまない。
 
 もっと真人のことを見ていれば良かったな。
 ようやく神楽に託されて、真人を自分の子供として迎え入れたものの
 どう接していいのか、わからなくてな。

 それがこんなことになってしまったなんて……」

「恭也君、そんなに自分を責めないで。
 姉さんから聞いてたもの。

 真人、お父さんは大嫌いだけど、貴方のことは好きだったって。
 
 手術して退院したその日も、遊園地に出掛けたんでしょ。
 嬉しそうに写真を見てる、真人の写真を貰ったわよ。

 だからこそ、少し時間が必要なんじゃないかしら?」


母さんと恭也さんが話している内容を、
自分の中で整頓してみる。


目の前の恭也さんって人は、昔、真人が入院した時に
心臓を手術してくれた存在。

真人はその人のことが大好きだった。

だけど同時に、大好きだった人が、
大嫌いだった父親だと言うことがわかった。



好きだったもの、信じていたものが突然奪われるって
どういう状態なんだろう。