『……本日目出度く、この学院の高等部一年生に
入学した新入生の……』


四月。
桜の花が舞い散る季節。

僕は見知らぬ土地で、
高校一年生としてスタートを切ろうとしていた。


僕の感覚を包み込むものは、
虚無感と退屈な時間。



時折、僕自身が何処にいるのかすら
わからなくなって、不安を抱きながら
自分の体を両手で抱きしめる。



三か月前、年明け早々に襲った大地震で
僕は住み慣れた故郷から、
強制的にこの町へと移り住んだ。


唯一の家族であった母さんは、
家屋の下敷きとなって、命を落としたのだと知らされたのは
自身から二週間ほどたった頃だった。



本当の僕は、あの日……
全てを失って死んでしまった。

大切な母の死と共に……。







僕、多久馬真人【たくまなおと】は、
今の保護者である、多久馬総合病院の院長が手配した
浅間学院高等部の入学式へと出席していた。


家族が一緒に参列する中、
僕の付き添いは誰も居ない。


小学校の時も、中学校の時も
僕の入学式に微笑んでお祝いをくれた母さんは
もう何処にもいないのだと、強く現実を突きつけられる人生の節目の時間。



今も目を閉じると、
暗闇の中でゆっくりと体が冷たくなっていく
母さんの体温が蘇って行く。


僕を私生児で産み仕事を掛け持ちしながら、
必死に育ててくれた大切な母さん。



そんな母さんが一番信頼を寄せていたのが、
今、僕が庇護を受ける、
多久馬総合病院の院長である、多久馬恭也【たくまきょうや】その人。


小学生の時に心臓を患って、
この病院に来た時の多久馬先生は、僕にとってのヒーロー。


僕を助けてくれた憧れの存在。



どうせなら……ずって憧れの存在のままで居させてくれたら、
僕はこんなにも苦しまなくて良かったのかもしれない。





この町に引き取られてすぐに憧れのヒーローが告げたのは、
ヒーローが僕が憎むべき母さんを苦しめた一人にした父親だったということ。


母さんがずっと言い続けていた『遠いところ』が、
別の家庭があったのと思い知る。


父親と名乗りを上げたその人によって、
僕は庇護され、母の名前である結城のの姓から、気が付いたら
多久馬と言うあの人の姓へと変化していた。



結城神楽【ゆうきかぐら】と言う名の母さんが天国に旅立って、
僕が迎えられたのは、あの人の今の家族。


あの人の奥さんである、多久馬昭乃【たくま あきの】は、
外面は優しいのに、内側には憎しみを宿した目で僕を蔑み続ける。

異母兄となった、多久馬勝也【たくま かつや】は
あの人に何かを言われるたびに、僕の部屋に入り込んできては罵声をあげて
蹴り続ける。



そんな新しい家族の元で、
絶望感を覚えながら、今も母さんの後を追いかけることすら出来ぬまま
生きながらえてしまった。



助かった命だから、無駄にしないようにしよう。

そう思える気持ちと、
どうしてあの時に、僕も母さんと一緒に天国へ行けなかったのかと
神様を憎む気持ち。




この町に来て、あの人が手配してくれた
中学も一度も通うことがないまま卒業を迎え、
今の僕は、あの人が経営する病院と、居場所のない自宅を
ただ往復する時間だけが続いた。

そこに……今日から新しく、
この浅間学院が加わるだけ。



『はいっ、新入生の皆さんは今から担任の先生と
 共に各クラス教室へと移動してください』



マイク越しに体育館に響く
教頭の声が、僕を退屈な時間から覚醒させる。


気が付けば、
人生の節目になる高校の入学式も終わっていた。


新入生の後ろ側、
保護者席には、我が子の成長を刻み込もうと
皆、正装して参列してる。