島の底に沈む

「ねぇねぇ、日本語分かる?初めまして!岩下 八重です!」
呼び方は八重でいいよ!他の男子もそうだから!
トーンの高い大きな声でそう話す八重は見るからに明るくて、人の良さそうな子だった。恐らく何かスポーツをしているのだろう、日本人に比べてよく日に焼けた褐色の肌をしており、長い黒髪をポニーテールにしている。体つきも背が低い割にスマートでスタイルが良く見えた。加えて特徴的なのは犬のように真っ黒で大きな瞳だ。好奇心旺盛で人懐っこそうな雰囲気も踏まえて、彼女が尻尾をふっている子犬のようにレオンには見えた。そしてレオンはこのいかにもけたたましい少女に不思議と悪い気がしなかった。基本的に彼は静かな方が好きなのでイタリアではまず話しかけられてもまともに対応しなかったのだが、何故か少しぐらい相手してやってもいいかという気分にさせられた。きっとそれは八重がレオンにとってあまりに無邪気で自分と対極な存在に映ったからだろう。実際レオンがこういう逡巡を長々としている間に彼女はきっと
「どんな返事が返ってくるかな??」
以外何も考えていなさそうな顔をしている。目を丸くしてこちらの返事をワクワクした表情で待っているだけだ。レオンはそれを見て少し頬が緩みそうになりながら
「日本語はある程度なら分かるよ。初めまして、ヤエチャン」
と、普段相手に冷たい対応しかしてこなかった彼には最大限の出来るだけ無愛想に聞こえないトーンで返事をした。