砂埃が舞うグラウンドの周りで、ジジジ、という母国では聞いたことのない虫の音がうるさいくらいに鳴り響いている。雲一つない空の下にある校舎は立ち込める熱のあまりユラユラと微かに揺れているように見えた。

それは暑苦しいほど晴れやかな日本の夏の風景だったが彼の心は反対に憂鬱だった。どうして自分はこんな所でこれからやっていかなければならないのだろう。母国イタリアでの暮らしもそれ程楽しかったわけではないが未知の世界よりは遥かにマシだ。

そもそも彼ーレオン・カルヴィーノが17歳という多感な時期に国を離れ日本の高校に通わなければならなくなったのは、彼の母が日本の男と再婚し、その、今は一応自分の父親である男が仕事の都合で日本に帰ることになったからである。本当の父親は自分が幼い時に事故で亡くなった。飲酒運転の車に巻き込まれたのだ。

未亡人となった母は最初は
「私は金輪際あの人以外の男を愛したりなんかしないわ。」などと言っていたが、時間とは残酷なものである。8年ほどしてレオンが中学生になろうとしていた時母は仕事先でイタリアに転勤してきたあの男と親密になり、そのまま一年と少しであっさり結婚してしまった。男は日本人らしい穏やかな性格でレオンにも良くしてくれたが、彼はいまだこの男を受け入れられずにいた。そして同時に母が父を裏切ったような気がして、母への不信感も募っていった。