「なしかな」
「……ん?」
「みちるちゃんの中で、市野先生って、なし?」
「……あはは」
魔女は笑いだした。
その手の中のコーヒーが揺れる。
白衣に飛んだら染みが目立って大変だ。そんなことを気にしながら、笑うみちるちゃんに詰めよった。
「みちるちゃん、真面目に……」
「なしなし」
「え」
「久詞はなし。っていうか糸島ちゃん、訊き方が……」
はー可笑しい、と笑ってみちるちゃんは、コーヒーをデスクに置いた。
「あり? じゃなくて、なし? って訊くのね」
「……」
「なしなことが前提みたい。その通り、ないよ」
「ないの……」
「うん、ないなぁ。あたし久詞とはちゅーもそれ以上もちょっとできないわ」
あけすけな物言いで楽しそうに笑う。
私は自分のスカートの裾をきゅっと握って、考えていた。
どうしよう。
「たぶん、久詞も気付いてると思うよ」
「え?」
「授業中にまわった紙。まわし始めたの糸島ちゃんだって。あ、っていうかその話でさっき呼ばれたのかな?」
「……」
「なんだ。違うの?」
「……違わないと思う」
結局その話には辿りつかなかったけれど、市野先生はきっとその話をするつもりだった。
鞄の中にある紙切れ。
あの裁判で暴かれる予定だったのは、あの紙切れだ。



