まずい、と思って、こっそりと立ち上がって逃げ出す準備をする。



「ゼッケン、色と番号、全部そろってるか確認して、とか」

「残念。それは体育委員が月に一回集まるときの貴重な仕事なんだよ」



知らなくて当たり前だけど、と笑いながら、どんどん。



「……だったら。それを忘れてて私に頼んだんですか? 本当に忘れっぽくなってるんじゃないですか? 先生」

「そうなのかなぁ」

「そうです」

「糸島」



今立ち上がったってもう遅い。あぁ近い。

どうして逃げなかったんだろう? 走ればきっと間に合った。体育準備室のドアは、すぐそこにあったのに。



「……離してください」



もう逃げられない。

腕をつかむ大きな手は逃がす気なんてないんだろう。そもそも、この部屋を選んだ時点で、絶対に逃がさないつもりだったに違いない。ここは市野先生の根城。他の体育の先生は普段、この埃っぽい部屋は使わない。いつでもコーヒーが飲める職員室にいて体育準備室になんか滅多にこない。ここには、誰も。



「……先生、近い」

「この距離でも、」

「、」

「思い出さないか?」



腕を掴んだ手はそのまま、先生が少し屈むと顎と私の鼻先が触れ合いそうな距離。

額にキスされた瞬間、視界にあったのはジャージの中の白いカッターシャツと、ネクタイの結び目。






私は、それを。

いつも。

解いていた。