「市野先生、授業は?」

「俺は次の時間は入ってないよ」

「いいなぁ」

「同じように言うな」



市野先生は私が高校に入学したときに先生になった。

この高校で過ごすのは自分と同じ三年目。
そう思うと特に大人というかんじもしなくて、自然と気安くなる。



「みちる先生は?」

「来客。お前を布団から引きずりだせって頼まれたんだよ」

「えーみちるちゃんひどい……」

「お前がただのさぼりって思われないようにだろ。その分だともう目まいは大丈夫そうだな」





私はひどい低血圧だ。

朝に弱く、少しの運動で息を切らしては学年集会でよく貧血を起こす。卒倒のエキスパートである。頻度が高すぎて最近演技なんじゃないかと疑われている。





「大丈夫ならちゃんと出ろよ、4限」

「はい……」

「じゃあ、俺は戻るから」

「うん……先生」




なんだ、と振り返った先生はいつもの少し呆れた顔で。でも若いし顔が優しいから全然怖くなくて。女子に人気があるというのもまぁ、わかる顔で。





「さっき、」












「キスしようとした?」












人の気配に目を覚ましたとき、ぼんやりと最初に見えたのは真っ赤な舌だった。



先生は無視して扉まで歩いていって、背中を向けたまま「そんなわけないだろ」と言って去っていった。