殴られて、口から血を吐くのは初めてだ。
口の中が切れたようだ。ヒリヒリするし、鉄の味がする。
痛いなぁ……いやぁ痛い痛い。
この時代には、本当にこんな暴力的な人間がいるんだな。
「ヤクザだっけ。それには気をつけてね。金とか取るだけじゃなくて、殴られたり蹴られたりするって聞いたよ。」
なるほど、これがそのヤクザか。
親友の言う事を信じるべきだった。
「路地裏は危ないって聞いたよ。人の少ない所とか、暗いところは要注意!」
あぁ、本当だよ。
日向の言う通りだ。本当にその通りになってしまった。
怖くて上げられなかった顔を、少し上げてみる。
目の前にいるのは、僕の鞄を漁りながら、うるさい声で騒ぐ若者たち。
僕と同じくらいの歳の人間だと思うんだけどなぁ。
「オイ、クソ真面目そうなメガネ。」
「は、はい……何でしょうか……」
背後にいた大柄な男に、声をかけられる。
ビクビクしながら答えると、楽しそうな顔をされた。
「持ってるもんはあれだけか?ちょっとその場でジャンプしてみろよ。」
ジ、ジャンプ?
まずいよ、それはまずい。
そんな事をしたら、「アレ」が見つかってしまう!!
ただでさえ僕は、2090年よりも前に行くなと言われているのに、こうして2015年に来てしまったんだ!!
その上「アレ」が見つかったら……
「何だよその反応、何か持ってんじゃねぇのか?」
デカい声で笑いながら、僕の肩を掴む。
ずっしりとしたその重さが、僕の非力さを感じさせる。
「え、ええと……」
ズボンのポケットはダメだ!!
ズボンのポケットは……!!!
「お兄さん、ズボンのポケットに何かいれてるでしょ!」
可愛く笑いながら近付いてくる、見た目は可愛らしい金髪の女の子。
あっという間に僕に近付き、得意そうな顔をしながらポケットに触れる。
「ほら!絶対何か入ってる!!!」
「へへ、やっぱりな!何が入ってんだ?あぁ?」
大柄な男は、僕が逃げないように頑丈に押さえつける。
いや、そこまで強く掴まなくても、僕は怖くて逃げられないよ……
そして案外あっさりと、中のものは見つかってしまった。
「んだコレ。ルービックキューブか?」
ルービックキューブ……?
何だそれ。
「どれどれぇ??」
彼女も見たそうにジャンプしているが、大柄男が持つソレには届かない。
「ほらよ。」
「わぁ、ありがと……あれ。」
ソレを手にした彼女が顔をしかめる。
「コレってあれに似てる……あっ!!!」
え?
ええ?
「私、これの使い方知ってるー!!」
な、なんだって……!!?
それは、2098年以降に生まれた人間しか知らない者なのに……!!
「いや、あの、変にいじったら……」
今にも動かしてしまいそうだ。
少しでもズレれば、一瞬にして……
「ルービックキューブ得意なんだよ!えーとね、たぶんコレはこうでしょー……ん?」
確かに動いた。
彼女は動かしてしまったんだ。
キューブを回してしまったんだ。
カチッという小さな音を、僕は確かに聞いた。
一瞬にして彼女は……
「わっ!?わわ……え!?なに!?何なの!?」
宙に浮いた。
「な、なんじゃありゃ!!?」
ヤクザ全員が彼女の方を向く。
「ちょっと!誰か助けてよ!!」
「お前すげえな!超能力者だったのか杏ちゃん!」
「ちがう!杏は超能力者なんかじゃ……」
「つーか今日のパンツは黒か!いいね!」
「ちょっ見ないでよ!!」
ダメだ、会話が馬鹿すぎる。
というか緊急事態だ。
きっともうすぐ……
『156年前に移ります。移動体勢をとって下さい。10、9、8、7……』
まずい!!
本当にまずい!!
「何これ!?本当になんなの!?なんか喋ってる!!」
「し、下を向いてください!!」
「え?」
彼女が下を向いたことで、体が地面に近付く。
しかし、移動体勢をとらなくてはならない今は、地面に足をつける事はできない。
彼女の手を無理矢理引き寄せ、キューブを奪おうとしたその時……
『移動開始』
「えっ……うわああああああああああ」
「きゃあああああああああああああああ」
どうやら間に合わなかった様だ。
時間を移動する暗闇に引き込まれた僕達。
「いいですか。キューブから手を離さないでください」
「意味わかんないいいいいい」
こうして僕らは、タイムスリップをしてしまった。