「…なに泣いてんだよ………なんか…やなことあったか……?」



寝起きの乾いた笑い声が私の耳をくすぐると、藍くんの手が背中にまわった。

こんなこと、聞きたくない。

口に出したくない。


だけど、このままじゃ、私が不安でどうにかなりそうだ。


安心したい。

安心したい。




「……私、ずっと、藍くんの側がいい……これからも、ずっと、藍くんの近くにいたい。

藍くんがほしい、ねえ、お願い……私の全部、藍くんにあげるから……だから……」


「無理」


「え…」


「3ヶ月って約束だろ。それ以上はなし。きっぱりすっぱり3ヶ月。全部、それで諦める。だろ」


「私は、この家を出ても、藍くんの側に居たいよ、好きだから。藍くんしか居ないもの。藍くんじゃないと、私、藍くんが居ないと、ダメになる…」


「ダメって言ってんだろ。俺は桐ちゃんの側には居れない」


「どうして!?藍くんは……私を欲しがってくれないの……?」



私、こんな、こんな人間じゃないはずなのに。

藍くんにこんなにすがって、惨めだ。この手を離したら、藍くんが私から離れていく気がしてならなかった。


だけど、藍くんの手は、少しずつ緩んでいった。



「その約束は、守れないって、一番最初に言ったよな」



藍くんの声は、やけに冷静で真面目で、私に一直線に突き刺さってきた。
そんなことは、言われなくても覚えている。

私は、そんなことを言ってほしいんじゃない。



「だから、残り一ヶ月。嫌ってほど愛してやる。おまえが嫌がっても」


「嫌よそんなの。私はこれから先も、ずっと、藍くんの傍に居る。

そう誓ってくれないなら、私に触れないで、一生」


「おまえ、決め台詞よくも台無しにしてくれたな」


「決めさせないわよ。誓いなさい。今すぐ」



じっと藍くんの目を見つめた。

辛い沈黙を、耐えて、耐えて、耐え抜いて、先に目をそらしたのは藍くんの方だった。

藍くんの息を吐く音が聞こえた。


ふと、気がついたことがある。


藍くんの肩は、見て分かるくらいに震えていた。



「誓えねーって言ってんだろ!!!!!!ばか!!!!」



ビリビリと耳に響いた。

聞いたことのない、叫びに近い藍くんの声。
私は呆然と立ち尽くして、目を見開いた。

また、初めて見る顔だ。


涙でぐちゃぐちゃになった顔は、相当な痛みに耐えているように歪めて、真っ赤になっていた。


私はどうしていいか分からず、どこもかしこも動かなくなった。




「出てけ、俺の家から!今すぐ!!一生その顔見せんな、お前なんか嫌いだ!!大嫌いだ!!!

早く、出てけ…!!」




藍くんが力一杯私の背中を押して玄関まで押し出した。藍くんが、運動もしていないのに息切れしてる。

すごく、苦しそうだ。

私は、何の抵抗もしないまま、終いには外へ押し出された。

ついでに、靴も出された。



「はあ、はあ……荷物すぐ送ってやるよ……これで、終わりだからな……

……じゃあな」



バタンッと、ドアを強く閉める音が背後で聞こえた。

私は、冷たく、汚いコンクリートの上で膝から座り込んだ。そして、次から次へと涙が溢れだした。