月島さんのため息が聞こえた。


「とりあえずうち来い」


「いや」


「やじゃないよ。そこいたら色々と邪魔だ。なんならお前の友達も呼んでやるよ。あいつならすぐ来るだろ」



ほっといてくれ。

そう思いながら黙り続けていたら、月島さんが電話口で喋り始めて、間もなくしてうるさい足音が聞こえた。



「月島さーーーーん!!!どうしたんすかーー??」


「うるさいよばか。お前の友達どうにかしろ」


「え、あ、……桐」


「いつからか知らないけど、ここから動かない」


「桐、とりあえず月島さんとこに上がろーぜ。私、おやつ買ってきたし」



そのとたん仕組まれたようにお腹がなった。
恥ずかしくて死にたい。

でも、そのお陰で私の重い腰がようやく動いた。

山花と一緒に月島さんの家にあがった。



「はい、バームクーヘンと、プリンと、ドーナツ!」


机の上に差し出されたものを片っ端から貪った。次から次に口へ放り込み手の汚れなんかちっとも気にしなかった。

完食すると、なんとか落ち着きを取り戻した。

それと同時に、ポロポロと目から滴が落ちた。



「桐、藍くんって、やっぱり、桐の…同居人のひとだったの…?」



恐る恐る山花が聞いてきた。

私は、頷いた。

頭がボーッとして、ロボットみたいに、こくりと一度だけ。



大切なものがごっそり抜け落ちたみたいに、何もかもがどうでもよく感じてきた。



「あー、そういう。」


「ちょっとー月島さん、もっといい言葉言ってくださいよー」


「こんなときにいい言葉もくそもないよ」


「ですよねー」



で、なに、この二人の雰囲気は。


私がこんな意気消沈してるというのに、この妙なテンション。

高くも低くもない、テンション。


そういや、さっきから外から音がする。
これ、雨か。



「で、まあ、どうすんのお前は」


それは、私への問いか。


どうする?


どうするって、なによ。


どうするって……なんなのよ…



私は、矢野桐。

家はお金持ち。なに不自由なく暮らしてきた。


だけど、幸せなんて感じたことは、一度もなかった。
いや、たった一時。

小さいころ、藍くんを見つけたとき、私は幸せだった。



宝物を見つけたような、気持ちだった。



彼の側に居れば私は幸せだった。


誰かを、幸せにしたいと、大切にしたいと、そう思うことが、どんなに幸せなのか。


思い出した。




私は、全部、藍くんに教えてもらってたのね。




それは、彼が変わってしまったあとでも、同じだった。

私は、彼を外見でしか好きでないと口先でいいながら、心はいつも満たされていた。

藍くんを大切にしたいという気持ちが私をいつでも満たしてくれていた。



私は、幸せだったんだ。



私は、私のために、これから先も彼の側にいたいと思った。


あなたのためならば、命を無くしても惜しくはないと思えるくらいに、

あなたを必要として、大切にしたくて。