その日の昼休み、私はアリスとお昼ご飯を食べていた。

アリスという名に相応しい小さくて美味しそうなパンケーキに、フルーツの詰め合わせを食べているアリスの横顔を眺めながら、ふと思った。


そう言えば、アリスも一つ上にお兄ちゃんがいた筈だ。

同じ中学卒業したのではないけど、ケントと同じ学年という事になる。

こりゃ、アドバイスを貰ったらケントの弱味も簡単に知れるかもしれない。


「アリスってさ、お兄ちゃんいるよね。仲良い?」

アリスは飲みかけのジュースを机に叩きつけると笑った。


「今、何て?」


いつものおっとりした笑顔ではなくて、鬼も殺す勢いの笑顔だ。

将来の夢が引きニートな私に太刀打ち出来そうもない。

「い、いや……何でもないです……」

何事だ。

私はただお兄ちゃんの事について聞きたかっただけなのに、どうして睨まれた。

「……ウソ。聞こえてるよ。兄貴とは全然仲良くないけど、それがどうしたの?」

「あ、いや、こないだアリスのお兄ちゃんを見たから、ちょっと気になってさ」

アリスに付くのは心苦しいけど、嘘だ。

中学卒業して以降一度も見ていない。


「げ。アイツ、また私のストーキングしてたんだ」

「へ、え?ストーキング?」

聞き慣れない言葉がー……えっと、それってお兄ちゃんはストーカーってこと?

「私の事が心配で仕方がないらしくってさ、仕事を抜け出してはよく周りを歩いてるんだよね。

しかも、私と直接会ってないから、友達伝いに兄貴の事を聞かされるのとか、無性に気持ち悪い」

あー、やだやだ。とアリスは首を振った。


アリスのお兄ちゃんは程々の成績だったのに、高校へは進学せずに鳶で働いている。


見た目はアリスとは全く違う。

丸刈り頭には反り込みが入っていて、所謂ガテン系だった。

ヤンキーではなかったが、中学時代はその風貌だけで他校のヤンキーに喧嘩を売られていた。

けれど、全て地味に勝っていたのを、私は知っている。


年を取るごとに、アリスはお兄ちゃんを毛嫌いする様子を見せていたのにはこんな訳があったのか。

自分のお兄ちゃんが自分のストーカーだなんて、気持ちが悪いのも頷ける。


ケントが……と想像して、思わず鼻で笑ってしまった。

あの男に限ってそんな事はする筈ない。


「そっか。中々大変だね」

「その点、ルルは一人っ子だから良いよね」

「ほんっと、そうだよね。お兄ちゃんなんて要らないし、必要もない。一人の方が気楽だし、何でも出来ちゃうから一人っ子が良いと思う」

アリスはふっと笑った。


「何それ、ルルにお兄ちゃんが出来たみたいな口振りだね」


「い、いやいや。そんな事ないよ、うん、そう」

しまった。ついつい、本音を漏らしてしまった。


これでバレたらケントにどれだけ怒られるか……ああ、ミンチにされてしまうかも。


「知ってるよ。まさか、再婚しない限りルルにお兄ちゃんが出来ることなんてないでしょ」


いや、そのまさかでなんですよ。

なーんて、言えもしないので、俯いて笑った。

勘が鋭い友人って恐ろしい。


「そ、そう、そうだよ。さ、お昼ご飯の続きといこうではないか」

「変な口調だよ、ルル」


ケラケラ笑うアリスは、「あ、いつも変か」と言うと、ジュースを飲み干した。