「おはよう、ルルちゃん」

お母さんの部屋から出てきた宮崎さんを見て少し驚いた。

そっか、一緒に暮らしているんだった。

男の人が家にいるなんてまだ慣れないけど、お母さんの為だから早く慣れないと。


「おはようございます」

咄嗟に俯きながら返事してしまった。

嫌な訳じゃないのに……後で謝らないと。


のろのろとそれぞれ椅子に座り始めた。

「今日はケント君の好きな秋刀魚にしたのー。どうかな?」

お母さんは、食卓の上に狐色に焼けた秋刀魚を置いた。

香ばしい匂いがする。

ああ、私も好きなんだよなー……と、ヨダレをたらしながらケントを見て、止まってしまった。


嫌悪の表情。


ケントが見せたその表情からは、秋刀魚が好きだとは思えなかった。

私に見せたそれとはまた違った、酷く冷淡な瞳に背筋に鳥肌が立った。


でも、それも瞬きすると無くなった。

「わあっ、ありがとうございます!大好きなんですよ」

貼り付いた笑顔に一変する様子を、お母さんは見ていなかったみたいだ。

ボロを出すどころの騒ぎじゃない。

こんな顔を見たらお母さんは傷付いてしまう。


ケントはどうしてこんな表情をしたんだ。


「良かったー。じゃあ、いただきます」

「いただきます」

手を合わせて、出された秋刀魚に手を付けるケントは、作り物の笑顔をしてる。

なんら変わりはない。

先程の表情は、見間違い、か。



*


「では、行ってきます」

「いってらっしゃーい。気を付けてね、ケント君」

ケントは昨日と同じく、私よりも先に出ていった。

委員長をしているから忙しいのだろう。


あー良かった、委員会していなくて。


……って、無理矢理委員会に入れられたんだった。それもケントと同じ文化委員会。

早く家を出るなんて面倒な事にならなきゃ良いんだけど。


私は私でのんびり用意して、最後にアニメを見てから家を出た。


「いってきまーす」


本当は二次元に行きたいんだけど、不可能だから妥協して三次元の学校に行ってきます。

いってらっしゃい、とお母さんと宮崎さんの声がハモった。

昨日は無理矢理ケントに追い出される形だったから気付かなかったけど、言ってくれていたのかもしれない。


ごく当たり前のことが、無性に嬉しくて、反面恥ずかしくなった。