「……………………はぁ」

ケントは大きくため息を付くと、私を見た。


嫌だ。この悲しげな表情を見ると胸が痛くなる。

そんな顔をさせたい訳じゃない。


好きだなんて言ってしまったのは、いつものバカなやり取りを続けられたらいいな、なんて思っただけで。

ケントを苦しめるのなら、この気持ちは、いらない。


「つまり、お前は俺を好きなんだろ?」

「違う」

「……はぁ?」

「私がアンタを好き?冗談もここまでくると笑えないから、止めてくれ」


ケントの眉間のシワが深くなる。

分かってるって、私の好意が嫌なんだろ?

分かってる、分かってるから、そうしたら、私から離れないで兄として存在してくれるんでしょ?

それ以上は望まないから、お願いだから。


私を一人にしないで。


「軽い冗談のつもりだから、前みたいにバカにしろよ。デコピンも許すからさ」

緩むな、涙腺。


今泣いたら、乙女ゲームのヒロインだ。

私はモブ。恋愛ゲームの枠にも入れないんだ。


「…………阿呆」

絞り出す様な、ケントの低い声。

デコピンする時の口癖だ、と目を瞑って全身に力を入れた。


どんと来い。デコピンの準備は出来た。



「阿呆は俺だ」


「えっ」

瞬間、全身を駆け巡る衝撃に反射的に声を溢してしまった。

イヤ、でも、いたく、……ない。

と、言うか、むしろ、暖かいと言うか。


「お前なんかに拒絶されただけで苦しくなる」


これって、もしかして、もしかしなくとも、俗に言うハグとなのだろうか。

どちらの物か分からないが、激しい鼓動が全身に響いている。

耳元で声が聞こえ、首筋に息がかかる。


や、やややややややや、やばい。やばいよ、これっっ。


「お前のことがーー」

「うぁぁああああああああああああ!!!!!」


むりむりむりむり!!限界突破、爆発寸前だって!!

思わず全力で、ケントから飛び退いた。


耳元で!!好きな人の声とか!!どこの乙女ゲームだ!!リアルだと破壊力強すぎだ!!


赤くなる耳を擦りながらケントを睨むと、素敵な笑顔をしていた。

「良い度胸だな、俺の告白を潰すとは……」

それはもう邪悪な笑みで、花瓶に差された花が萎れる位の勢いだった。

あれ、やばい雰囲気?


「思い出せ。俺はお前の秘密を握ってるんだからな?」

秘密って……と回想した脳裏に初めての出会いを思い出した。

見られてしまった、幼き頃のラブレター。

大分経つから忘れていたと思っていたのに……っ!


「ひ、卑怯だぞ……」


「卑怯で結構」

ケントは意地悪く笑って、言い放った。


「奴隷制度、再開」


悪魔の呪文に意識を飛ばしたのは、数秒後のことだった。