キスされた。と理解したのは、口付けされてから数秒。すでに私の唇から彼は離れている。

頭をぽんぽん、と叩かれている間も私は頭が真っ白で何も考えられなかった。

え、何。

ぽかーんとしていると、先程の声がすぐそばで聞こえた。

「おいこら扇山ぁぁっ、てめえこんなところまで来てたのかっ」
「あーあ……」
「一足遅かったですねえ」

視界を動かすと、そこには女の子が一人と男の子が二人。
叫び声の主らしい男の子は息を切らして、窓枠に手をかけている。

私にいきなりキスした彼は扇山というらしい。
驚きばかりで何も考えられず、どうでもいい情報ばかりが頭に入ってくる。

「すみませんね、うちの扇山が迷惑かけたみたいで……」

そう言ってもう一人の男の子が扇山くんを押しのけるようにして、私と扇山くんの間に入る。
彼は何故か制服の上からエプロンを着けている。怪しい、というより少しおかしかった。

そのままエプロンの人が扇山くんの腰を掴んで引っ張っていく。傍で息を調えていた人も腕を掴んで歩き出した。まるで連行しているみたい。

口を開けたまま彼らの様子を見ていると、女の子が「申し訳ありませんでした」と言った。
はっとしてそっちに顔を向けた。

「あの人は、いまちょっとしたハプニングで酔っているんです……」

言葉を濁らせながら女の子は言う。スカートも校則に準じているところからも真面目な人なんだろう。

「だからって許されるわけではないのですが……まあ酔うといわゆるキス魔になってしまう人で……」

言葉に詰まるたびに「申し訳ないです」と彼女は呟く。

「それで……」と彼女が言いかけたその瞬間。声が響いた。


「扇山がまた逃げたぞーっ」


彼女はばっ、と頭を動かす。


「すみませんっ!口付けの件はまた改めてお詫びいたしますのでっ」

失礼します、と言いながら彼女は走り出した。



私は一人、教室の扉の前でただ呆気にとられるしかなかった。