いつの間にか注文してきた肉をワックスが焼きはじめている。遠慮ないなと考えていると、その一枚を文目が取って食べた。
 奢ってもらうか捜査の礼金としてなのか、まだ微妙なので文句はいえない。既にワックスは違う肉を取って焼いていた。
 そこに貫野が戻ってきた。手元に携帯電話と持っているところを見ると、誰かと話してきたらしい。気になったが、敢えて口には出さなかった。
 置かれていたビールを手にした貫野は、一気飲みで半分ほど中身を減らす。食べるのもはやいが、飲むのも同等のようだ。
 ワックスの隣で裕貴も肉ではなく野菜を焼きはじめている。二人が焼き肉奉行だとはじめて知った。
 代わりに貫野と文目は食べるのと飲むのが専門なのだろう。貫野はつまみの枝豆を口に入れてから、十一朗を見た。
「お前よ。くちなしの花って曲知ってるか?」
 唐突に語りはじめた貫野に、皆が目を合わせた。十一朗は父さんが母さんの前で歌って怒られた曲だと歌詞を思い出した。
『くちなしの花』。『口無し』和田のことを貫野は言っているのだ。
「そのまま、和田のことを言っているような気がしてよ」
 貫野が珍しく感傷的になっているのは酔っているからだろうか。顔は赤くないが、耳が赤くなっている。
 前では肉の獲得戦争がはじまっている。十一朗も野菜を口に入れてから、肉を確保した。
「小さな幸せだから気づかなかったってこと? 和田は捨てられなかったほうだと思うけど……幸せを第一にしすぎて、道を間違えた感じはするけどさ」
「お前、高校生のくせに話にのるんじゃねえよ。何歳だかわからなくなるだろうが!」
 話をはじめたのは貫野なのに、ジョッキを片手に滅茶苦茶なことを言う。
 完全に酔いはじめているな、面倒だなと思いながら、十一朗はウーロン茶を口にしてから、「父さんの十八番(おはこ)だから」と付け加えた。
 さすがにその状況を文目は危険と感じ取ったのか、貫野の肩を叩いて立ち上がった。
「先輩、送ります。皆さん、高校生なので遅くならないうちに帰ってくださいね。お金はここに置いていきますので」
 テーブルの上に封筒が置かれる。ワックスが中身を見て注文を追加したところをみると、予想以上の金額が入っているらしい。
 遠慮していたのだろう。二人が出ていくのを確認した、裕貴がメニューを取って選びはじめた。開いたのはサイドメニューのページだ。
「二人には悪いことしちゃった気がするね。特命さんとはうまくいくかな……」
注文するものを指差し確認しながら、裕貴が話かけてきた。
「それが刑事の仕事だから仕方がないよ……とは言っても、かなり気を遣ってくれていたみたいなんだよな」
「どんなことを?」
 小首を傾げた裕貴が店員を呼ぶ。十一朗はコップを空にして、テーブル端に置いた。
「親父が教えてくれたんだけどさ……貫野さん、頭をさげにきたらしいんだ。息子さんの才能を、どうか認めてやってくださいって」
「嘘! じゃなくて、本当って言わなきゃ駄目だったっけ。それって本当?」
「俺が小学生の時、犯人を捕まえたことあったろ。貫野さん、その話を鑑識さんから聞いてさ。なんか、それからいろいろ考えたみたいだな」
 貫野の態度が急変したのは、父との関係を気にしてくれたからだろうと十一朗は思う。
 自分と似た境遇と取られたのだろう。貫野は父の後を継がないで刑事になった身だ。
 だから、刑事が夢ではないと言う十一朗を見て、感じるものがあったのではないか。
「貫野さんと親父の話が裏であって、俺が親父と話す機会がなかったら、進路も変わってなかったかもしれない」
『口無し』事件は十一朗にとっても、精神的に成長できた事件でもあった。
 父と真っ正面からぶつかって互いの意思を確認できた。
 人は唯一話すことのできる動物だ。それなのに何故、今まで父と語り合わなかったのだろうと思う。『口無し』という事件名は、きっと被疑者だけではなく、自分たちにも当てはまっていたのだろう。