話さなくても想像はできるが、証言にはならない。十一朗は自分の中でたてた推理を社長に語ることにした。
「和田さんが現場を離れるのを見て、あなたは刺された升田を見た。そうですね」
 社長は首を縦に振って応えた。このまま語るのを待っては埒が明かない。十一朗は更に続けた。
「その時、升田は死んではいなかった。見たあなたはいろいろと考えた。違いますか?」
「助けろ。救急車を呼べ。命令口調で言われました。その瞬間、何故、こんな男を助けなければいけないのかと思ったんです。落ちていた刃物を拾いました」
 誘導尋問になっても困るので、十一朗は社長が語りはじめたところでとめる。
 貫野は十一朗を観察するかのように、じっと見続けていた。
「刃物を振りおろした瞬間、升田が私の腕をつかみました。力比べのようになって……」
 社長の証言と升田の死因が一致した。
 信じていた相手の裏切りで、升田は怒りの形相のまま死に至ったのだ。社長が致命傷に近い升田相手に手こずったのは、テニスの筋肉痛のせいだろう。
 現場に残されていた血糊を拭き取った跡も、社長が自分の足跡を消したからだ。ハイヒールの踵(かかと)の痕が残されていたのも偶然ではない。綾花の母に罪を被せる偽装工作だった。
 更に社長が得をしたのは、升田にとどめを刺した者を勘違いしていた和田と綾花の母の存在だろう。二人が互いを気遣って真相を黙秘し、自分の罪だと認めることで、真犯人である社長は罪を今まで逃れることができていた。
「仕方がなかった。升田は死んでもいい悪人だった。前科がいくつもあると聞きました。あいつは胸を反らしながら、何人も騙してきたと誇らしげに語っていた。懲役刑だけですんでいることを誇りにさえしていた。私は悪くない。人として当然のことをしたんだ」
 社長ははっきりと言い放った。升田は死んでもいい悪人。それを否定することはできなかった。しかし瞬間、十一朗の記憶から、八木親子が抱き合って泣く姿が引き出された。
「その身勝手な考えで、他の人がどれだけ辛い想いをしたと思っているんだ!」
 黙っていられなかった。
 会社を潰したくないがために無関係の人間を巻きこんだ。社長にはその罪がある。
 家族を想う和田の心につけ入り、襲撃事件では八木彰夫が巻きこまれて命を落とした。
 大切な者を亡くした八木親子と、罪を清算しようと償い続けた和田。
 その裏で、社長は罪から逃れ、密輸入や盗難品を海外に売り飛ばしながら会社を大きくしていたのだ。
 十一朗の叫びで、ようやく自分の罪の重さに気づいたのか、社長は伏せて嗚咽を漏らした。
何度も「すまない。すまない」と連呼する姿は、先程の和田を思い出させた。
 綱渡りの升田は、そう呼ばれた通りの男だった。
 右には輸送会社社長、左には和田繁樹。二人を騙して両者から金を奪い取ろうとした。そして綱から落ちたのだ。右側に。
 他の刑事に促された社長が立ちあがる。今日は取調室で遅くまで話すことになるだろう。
 あの時、自分たちと接してくれた社長の気遣いは演技だったのだろうか。自分たちを騙す誘導証言だったのではないか。十一朗はそう思いながらも信じたくはないと感じた。
「社長さん。高い落雁、ご馳走さまでした!」
 声をあげたのは裕貴だった。振り返った社長の目から涙が溢れた。偽りではない涙だった。社長とともに事務員にもご同行くださいという声がかかる。偽ブランドや盗難品だと知っていたかの確認だろう。
 覆面パトカーに乗せられる二人を見つめながら、十一朗は虚しい気持ちになった。
 悪事の元凶である升田龍治は死に、逮捕されたのはもとを辿れば被害者たちだ。人は弱みにつけこまれたら、どこまでも堕ちていく。
 弱くも強くもなれる人間の姿が表面化されたような事件だった。
 真犯人を乗せた覆面パトカーが見えなくなるまで、十一朗と裕貴、ワックスは見送り続けた。
 家宅捜索が続く輸送会社を背に物思いに耽っていると、突然、誰かに頭を鷲掴みされた。
振り返ると、貫野だった。
「飯食いにいくから、ちょっと付き合え。寿司でも焼き肉でも構わないからよ。今日は飲みたい気分だしな……」
 高校生の自分たちを誘って、酒を飲む刑事もどうかと思うが、そこは貫野らしい。
 現場を去ろうとすると、ひとりの刑事に敬礼をされた。この前、言葉を交わした刑事だ。
 対応に少し困ったが、十一朗も敬礼で応えた。直後に貫野にまた頭を鷲掴みにされた。一人前と認められたようで実は違うらしい。
 それを見ながら文目が笑みを浮かべて、車のキーを取り出していた。
「先輩、まだ主任になってないですけど……お祝い前に奢っていいんですか?」
 十一朗が、文目さん絶対に殴られるなと確信したと同時に、貫野の渾身の右手刀が文目の脳天に叩きこまれていた。