文目の合図で刑事たちが入って、証拠品を探しはじめた。升田の家からも、偽ブランド品と盗難された宝石類が見つかったと貫野が言っていた。おそらく入手ルートは同じなのだろう。
 肩を落としたままの社長の隣に貫野が座る。
「全て話してくれますか」
 貫野の言葉に社長は首を縦に振った。
「升田と知り合ったのは、父が他界してからでした。経営が難航して赤字となり、会社を閉鎖することを考えなくてはいけない状況に陥りました。そんな時、升田が声をかけてきたのです。いい話があると」
 いい話があるというのは升田の常套句らしい。和田も同じように持ちかけられたと言っていた。
「輸入品や宝石の輸送、その海外転売の話をされました。今思うと、私が標的にされたのは、高金利貸しから金を借りていたことにあるのかもしれません」
 升田がいた組が高金利貸しの会社を設けていたのだろう。更に社長が持つ通関士の免許。升田にとって、これほどうまい餌はなかったはずだ。
 偽ブランド品や盗難された宝石類は、通関士の免許を持つ社長に売らせて、升田の資金源となった。組を抜けた理由は美味しい獲物を横取りされないためだろう。
 その収入は社長にも分け与えられたはずだ。運送会社が大きくなった理由が、悪事に手を染めたからだと思うと胸が痛くなった。
「会社が軌道に乗りはじめると、升田は多額の金を要求しはじめました。そんなことはできないというと、今まで海外で売ってきた物が偽ブランド品や盗難品だと聞かされたんです。会社を潰すわけにはいかない。そう悩んで、升田の言いなりになるしかありませんでした」
 家宅捜索令状が届いたのか、捜査員たちが見つけた証拠品を段ボール箱に詰めていく。その様子を遠目で見ながら社長は息を吐き、目尻に残った涙を指で拭った。
「従業員に多額の保険金をかけろとも言われました。そして、升田は私に金に困っていそうな従業員を紹介しろと言ったんです。すぐに和田さんが思い浮かびました」
 そこからは和田が病室で話した流れなのだろう。升田は輸送車襲撃事件を起こす段取りを決めてから、社長に実行の日時を報告したのだ。
 二人の計画通りに事は進んだ。保険は降り、社長と升田の収入となった。八木彰夫という死亡者が出たということ以外は完璧だった。
 車載カメラが壊れていたというのも、社長が仕組んだことなのだろう。
 この時、配送していた積み荷はあったのだろうか。置かれていたとしても、いつもの量ではなかったのかもしれない。
 人の想いを踏みにじるような犯行に、十一朗は怒りを感じて拳を握った。
「そして、更に升田に金を要求されたんですね。一億はくだらないと聞きました」
「そんな金額、渡せるわけがありません。それに一度は自首しようとしたんです。けれど升田が違う罪で捕まったと聞いて……」
 社長は再び口を閉ざした。人は欲がある。そして逃げ道を探す。
 その瞬間、社長は道を誤ったのだ。自首をやめ、更に私腹を肥やす道を選んだ。
「升田が姿を見せたのは数か月前です。組に金を借りたから返したい。すぐに金を用意しろと言われました。はじめは十万、そして二十万、百万と増えていきました。そんな時、和田さんから、電話が掛かかってきたんです」
 和田が電話をかけた相手は綾花の母だけではなかった。和田は社長にも迷惑をかけるかもしれないと連絡していたのだ。
「和田さんが自首したら升田が捕まります。升田の口から私の名前が出るのは確実です。そして主犯だと罪を被せられる恐れもある。慌てて升田に連絡をし、和田さんとの待ち合わせ場所を教えました」
「綱渡りが升田の異名です。それはご存知でしたか?」
 貫野の質問に社長は「はい」と力ない声を出してから伏せた。
「升田が何をするのか……なんとなくわかってはいました。けれど、私にはこうするしかなかった。遠くで一部始終を見守ることしか……」
 社長の目の前で事件は起きた。突然、升田が和田を刺したのだ。それを見た綾花の母が升田の後頭部を一撃した。その時、升田は二人を殺そうとしていたに違いない。
 壮絶な現場を前に、社長は震えあがっただろう。
 無関係の綾花の母まで巻きこむ事態に発展してしまったのだから。その綾花の母に升田が攻撃を加えようとした時、和田が刺し返した。
 社長は一通り語ると黙ってしまった。自分が升田にとどめを刺したことを思い出すのも嫌なのだろう。