病棟を出た途端、貫野が携帯電話と煙草を取り出していた。ジッポライターを擦り、火を点ける。一服目の吐き出しははやく、すぐに煙となって虚空に消えた。
 十一朗は、そんな貫野を見て、苛立ちが行動に表れているなと感じた。
 二つの事件が繋がった時、警視庁特命捜査対策室と話さなければいけない。
 それを貫野は渋っていた。捜査一課は今回の事件のみで、十一年前の事件にはまだ触れていないはずだ。捜査や報告が後手にまわっているという思いはあったのだろう。
 相手の反応があったのか、
「応援がほしい。あと捜査令状の手配を頼む」と言ってから、貫野は話を続けていた。
 この数時間でこんな展開が起きるとは誰も予想しなかったはずだ。十一朗も同じだった。
 綾花と綾花の母については、これからくる刑事たちに送らせることが決まったようだ。和田の取り調べは後日行われるらしい。
 それは真犯人がいるという情報から決めた冷静な判断のように思えた。
 貫野は地声自体が大きいので、電話の対応でもここまで聞こえる。
 話をつけるのを待っていると、
「あのさ、プラマイ……」
 裕貴が顔を覗きこむように問いかけてきた。
「今さっき、はじめて聞いたって言ったでしょ。意味がよくわからないんだけど」
 そういえばと十一朗は思い出した。裕貴は事件が起きた夜のことを知らない。要領を得ないのは当然だ。
「あのさ、俺もいまいちよくわからないんだけど」
 次にワックスも申し訳なさそうに手を挙げてから言った。
 病室で貫野が語った話に全てが隠されている。あの時はワックスも聞いていたはずだが、推理が繋がっていないようだ。
「病院に全員で行った時にさ。貫野さんが升田の死因を俺に話してくれたんだ。致命傷は最後の一突きで、傷は心臓の大動脈にまで達していたって」
「そうか、確かそんなこと言ってた」
 ワックスは、ようやく記憶が蘇ってきたのか、膝を叩きながら声をあげた。
「けど、それが?」
 続けての質問に十一朗は、思わず肩を落としてしまう。しかし話さないわけにもいかないので、気を取り直して口を開いた。
「文目さんは男が刺されて唸っているって言ったろ。その二つの話って考えると矛盾しているんだよ。升田の死因は心臓の大動脈にまで達していた一刺し。つまり即死に近い死因だ。それなのに、唸っているって変じゃないか?」
 裕貴とワックスが「そうか」と同時に言葉を発した。十一朗は続けた。
「目撃者が現場を見た後に、誰かが升田と争ったはずなんだ。つまり、その争った人物が升田を死に至らしめた真犯人ということ」
「その真犯人って誰?」
 ごくりと唾を飲みこんでから、裕貴が訊いてくる。ワックスは顔面蒼白状態で硬直した。
 二人とも気づいたのだ。裕貴は自分の中にある答えの決着を、聞きたいのだろうと十一朗は読んだ。
「おい、奴のことはお前らのほうが詳しいだろう。証言者としてこい。はやく車に乗れ!」
 その時、貫野が十一朗たちに向かって叫んだ。頼むというより命令口調だ。
 貫野の連絡を聞いてきた、覆面パトカーも次々到着する。ここは彼らに任せておけば十分だろう。
 十一朗たちは覆面パトカーの後部座席に乗りこんだ。
 運転は文目、助手席には貫野、十一朗は裕貴とワックスに挟まれた状態だ。
「くっそ、狐につままれた気分だよ」
 貫野は消した煙草を灰皿に捨てると、シートベルトを掛けた。
「犯人は警戒している可能性が高いな……海外逃亡ってこともある」
 十一朗は海外と聞いて、貫野は事件の全容を大体把握しているなと感じた。車はスピードをあげていく。振り返ると、覆面パトカーが何台かついてきているのが見えた。
 十一朗は話に続こうと、身を乗り出した。
「升田は和田と通じていただけじゃなかった。一億の金蔓も嘘じゃなかったんだな。それと密輸入品……なんでそこで気づかなかったんだ」
 真犯人が誰か知った今、後悔するのも変だが、すぐに気づかなかったのが癪でならない。
 そんな十一朗を気遣ってか、文目が軽い息を吐いてから言った。
「僕がいけないんです。聞いて、致命傷と即死の違いに気づきましたから」
 すると貫野が苛立った様子で、文目の頭を手帳で叩いた。視線は前を向いたままだが、ガラスには貫野の真剣な表情がはっきりと映っていた。口では言わないが「お前だけじゃない。俺も気づかなかったんだ」と目が語っていた。